火垂るの墓
昨晩テレビで『火垂るの墓』
久しぶりに観てもうたんよ。
『火垂るの墓』いうたら、
うっかり観てもうて、翌日から三日くらい元気なくなる映画や。
なんせタイトルからして「墓」やし、絶対ハッピーエンドちゃうやんって分かってんのに観てまうんや。
で、案の定や。泣きながら観終わって、ティッシュ山ほど使ってもうたのに、気持ちはスッキリせぇへん。
逆にモヤモヤがずっと残る。
なんでか言うたら、あの映画って誰も「完全に悪者」やないからや。
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主人公は節子と清太いう兄妹。
舞台は神戸。
せやけど二人とも状況がまあ過酷やねん。
空襲でお母さん亡くしてもうて、
お父さんは海軍で行方不明。
で、親戚のおばさんのとこ転がり込むんやけど、このおばさんがまた…関西特有の「きっついツッコミ」しかしてけぇへん。
「米もろてるだけありがたいやろ!」って、今やったら絶対SNSで炎上してるタイプやで。
おばさんは確かにきつい。
セリフ一つ一つがグサグサ刺さる。
けど、よく考えたら自分の子供もおるし、戦時中で食べ物もない。
余裕なくてピリピリしてまうのは、分からんでもない。
今の時代の余裕ある目線で見たら「もっと優しゅうしたれや」ってなるけど、あの時代の空気考えたら、おばさんだけ責められへん。
清太も清太で、まだ子供やん?
思春期の「俺が守ったる!」っていうプライドと、世間知らずさが出てもたんや。
思春期って、正解より“かっこよさ”が勝つねん。
大人になって観ると「頼れ、折れろ、戻れ!」って叫びたなるけど、彼は“負け方”をまだ教わってへんのや。
ほんまは、もうちょい大人に甘えるのもアリやったかもしれんけど、
それができへん年頃やったんやろな。
家出してみたものの、サバイバル力ゼロ。
結局、節子を守り切れへん。
で、節子。
節子は“甘え”やなくて“権利”を主張しとる。
「眠い」「お腹すいた」「ドロップ欲しい」。
それ全部、子どもが言うてええ言葉や。
「お兄ちゃん、ドロップ食べたい」
もうあの一言だけで全国民の心が崩壊や。
サクマドロップの缶、見ただけで涙腺にスイッチ入るのは日本人あるあるやな。
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で、結局いちばん悪いのは
____戦争や。
おばさんも清太も節子も、
みんな被害者やねん。
人を疑心暗鬼にして、
心から余裕奪って、
兄妹から未来を奪って、
残ったもんはトラウマだけ。
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『火垂るの墓』って、ただ泣いてスッキリ終わる映画やなくて、観終わったあとに心に宿題残してくる。
映画の中で戦争そのものは直接よう描かれてへんのに、影だけがずっとのしかかってくる。
爆撃とか空襲の映像よりも、
サクマドロップの缶とか、
ただの畑とか、そういう日常の小道具で「戦争の残酷さ」を見せられるから、余計にズシンと来る。
結局「誰が悪い」って白黒つけられへん。
おばさんにも事情あるし、
清太の判断もわからんでもない。
でも“結果”は変わらん。
そこに答えがないまま観客に投げられるから、心がずっともやっとするんよな。
たぶんこのモヤモヤは、
監督・高畑勲の「これが戦争やで。
簡単に片付けられるもんちゃうねん」ってメッセージやと思う。
泣きながらも、胸の奥でずっと考え続けさせられる。
え?同時上映『となりのトトロ』?
泣いて泣いて
心えぐられたあとに、トトロ?
感情ジェットコースターすぎて、
切り替えムズっ!!
