ゴールデンカムイ・杉元佐一における構造的魅力分析
※この記事はゴールデンカムイのネタバレを含みます。
〜あらすじ〜
なんか頭良さそうなタイトルで杉元佐一のメロさを語りたかった。
本当に余談でしかないけれど、私の性癖はざっくり言えば、『一見理解できない矛盾』である。カッコつけないで言うと、『ギャップ萌え』というヤツである。ある人の見た目や行動や言動から想像される一定のイメージを覆す要素が、どうしてその人の中で共存するのか、その理由を言語化したくてしたくて仕方ない性分である。
矛盾の集合住宅のような杉元佐一という男に、ずっと性癖を刺激され続けてかれこれ2年ほど経ったので、何がそんなに魅力的なのか、一旦整理してみることにした。
その前に、ゴールデンカムイのあらすじは以下ご参照。
杉元佐一のざっくりプロフィールは以下ご参照。
元大日本帝国陸軍第一師団の隊員。
日露戦争で目覚ましい武功を上げ、そのときの鬼神のような戦いぶりから「不死身の杉元」と呼ばれる。
彼を不死たらしめるのは、死地に活路を見出すことができる並外れた度胸と驚異的な回復力。除隊後、戦死した親友との約束を果たすべく、ゴールドラッシュに沸いた北海道へ。
そこでアイヌの村から奪われた埋蔵金の存在を知り、精強を誇る陸軍第七師団や凶悪な脱獄囚を向こうに争奪戦を繰り広げる。
では以下、杉元佐一の魅力5選。原作から引用する場合は引用欄右下に出典記載、出典未記載はChatGPTとの対話内容。
1. 見た目が良いところ
第28巻でも「品がある」「顔が良かった」等言われる顔。そしてむっちむちの筋肉。説明不要。
2. 声が良いところ
声優を担当するのは小林親弘氏。唯一無二。アニメ見たら分かる。こんなに杉元佐一にぴったりな声の人はいない。
もはや矛盾も何も関係無いが、この2要素も重要な杉元佐一の魅力なので冒頭に添えさせていただく。
3. 誠実な人殺しであるところ
第9巻第88-90話の偽アイヌ村での行動が象徴的である。
偽アイヌたちと談笑していた杉元だったが、会話の綻びから、一緒に旅をしているアイヌの少女・アシㇼパに彼らが危害を加えている可能性を判断するや否や、順にほぼ即死させた。手段としては、首に棒状のものを突っ込んで旋回させて首を折る、喉や目の周辺を掻き切る、等である。
そして一通り殺した後で、心から心配している表情でアシㇼパに話しかける。
アシㇼパさん
怪我はないかい?
奴らに酷いことされなかった?
アシㇼパが、杉元に肩へ手を置かれたときの表情と、上記台詞を言われたときの表情から見てとれる戸惑いも印象に残るシーンである。
物語を通して、杉元はワンマンアーミーと言っても大袈裟では無く、多数の敵を相手取って立ち回るシーンは数多い。対する人間と過去の自分との関係がどうであろうが、敵と判断してから急所を狙うまでの判断と動体速度が尋常ではない。
しかも怒りで我を忘れてるわけでもない。
そこが一番怖い。
首を折る。刺す。投げる。腹を裂く。
やってることは凄惨なのに、杉元本人の中ではたぶん、「危険を排除する」という処理にかなり近い。
だから殺した直後に、その情動を引きずらず、「アシㇼパさん大丈夫? 怪我はない?」に戻れる。
これ、二重人格的な切り替えじゃなくて、同じ倫理の中で連続してるんだよな。
杉元にとっては、
アシㇼパを守る
↓
脅威を止める
↓
確実に止めるには急所を破壊する
というだけで、本人の中ではたぶん矛盾してない。守るという目的に対して、手段を中途半端にしない。
状況次第で人を迷いなく殺せる一方で、杉元自身はその能力を誇ってはいない。網走監獄でアシㇼパの父であるのっぺら坊に会ったときには、こう言っている。
どうしてアシㇼパさんを巻き込んだ‼︎
(中略)
あの子を俺たちみたいな人殺しにしようってのか‼︎
杉元自身が自分たちを明確に“戻れない側”として認識してる。
杉元は殺人を軽視してるんじゃない。
重さを知った上で、それでも必要なときにはやれる。
手段としての殺人の精度がより上がったのは、日露戦争で戦った環境要因も大きいでしょ。正しいもしくは仕方ないという方向に行かなかったのは何故だと思う?
実際杉元はアシㇼパに、以下のようにも言っているし。
戦争のときもロスケは俺たち日本人とは違って苦しまずに死ぬはずだって.........
戦場では自分を壊して別の人間にならないと戦えない
俺たちはそうでもしなきゃ生き残れなかったんだ
杉元が「殺したことの正当化」と「殺す必要があったことの説明」を分けてるからだと思う。
戦争では実際、
「そうしなきゃ生き残れなかった」
「命令だった」
「敵だった」
は全部かなり強い説明になる。
でも杉元の中では、それがそのまま「だから正しかった」には変換されてない。
要するに、杉元の中にはずっと「人間を殺すことは本来おかしい」という基準が残ってる。
ここ、かなり皮肉でさ。
人を殺す能力には適応したのに、人殺しを正当化する思想には適応しきれなかった。
だから苦しいし、だから杉元なんだと思う。
杉元がアシㇼパを人殺しにしたくないのは、単に「少女だから」じゃなくて、
一度、人を人間ではないものとして扱わなければ殺せない世界に入ると、自分の中の何かを削ることになる
と知ってるからなんじゃないか。
たぶん杉元は、自分がこうなったことを「成長」だと思っていない。
「辛い経験をして強くなった」じゃなくて、杉元の感覚では、「生き残るために必要だったから、そういう自分になってしまった」に近い。
さらに言うと、杉元は自分の苦しみを普遍化しないんだと思う。
よくあるのは、
「俺も苦労したんだからお前も苦労しろ」
「現実は甘くない」
みたいな方向。
杉元はたぶん逆で、
「自分が苦しんだからこそ、他人には同じ代償を払わせたくない」
に行く。
これはかなり根本的な優しさだと思う。
ただ、その優しさも綺麗事だけじゃない。
杉元自身が、自分の変化にどこか取り返しのつかなさを感じてるからこそ出てくる。
じゃあ、人を殺せるのは嗜好じゃなくてある種の習慣によるものなのかね。
だから誠実さと残忍さが同居できると。
嗜好として残忍なんじゃなくて、殺傷行動が高度に習慣化・自動化されてるんだと思う。
危険判定が入った瞬間、
どこを壊せば最短で止まるか
どの手段が確実か
がほぼ反射レベルで出る。
だから普段の誠実さと矛盾しない。
誠実さは人をどう扱いたいかという価値観。
残忍さは脅威をどう処理するかという技能。
この二つが別系統で存在してる。
なので「優しいのに残酷」より、
人間への態度は誠実なのに、暴力の実行だけが異様に洗練されている
の方が杉元っぽい。
しかも一番怖いのは、その残忍さに自己陶酔がないことだな。
楽しんでもいないし、わざと見せつけてもいない。必要だから最短でやる。
これが反射レベルで出るのはなんでかね。
戦場にいるうちに慣れる側面もあるだろうけど、慣れる前に死んでいく人も多いだろうに。
一番大きいのは、成功体験の反復。
危険を察知する
→即座に殺す
→生き残る
→「迷わなかったから生き残れた」が身体に刻まれる
これを戦場で何度も繰り返した結果、思考じゃなくて反射になった。
でも、その最初の数回を生き残れるかは全員同じじゃない。
そこで杉元の元々の身体能力、度胸、状況判断、痛みへの耐性、執着心みたいなものが噛み合ったんだろうな。
だから、戦争が杉元をゼロから殺人機械にしたというより、元々あった異常に高い生存適性を、戦場が殺傷能力として完成させたって感じがする。
で、皮肉なのが、その能力を獲得できたから生き残ったが、その能力を獲得してしまったから心が戦場から戻れない。
4. 情に厚いのに情に流されないところ
様々なシーンで、囚人含め「やさしい」と思われている杉元。しかし、少年漫画の主人公にしては珍しく、信用して失敗するパターンが無い。実直で喜怒哀楽が割とはっきり出るため突っ走りやすそうに見えるものの、その実、用心深さが伺えるシーンも複数ある。
例①:
実は刺青の囚人だった家永のホテルに宿泊した際、部屋につっかえ棒をして就寝(第6巻第53話)
例②:
旅に加わることになったキロランケの様子を、谷垣にこっそり確認するよう依頼する(第6巻第50話)
一段精密に言うと、
人を好意的に見ることと、人を無警戒に信用することを分けている
なんだと思う。
「可哀想だから大丈夫だろう」
「いい奴そうだから裏切らないだろう」
「一緒に行動したから仲間だろう」
とはならない。
ここ、少年漫画主人公としてかなり珍しい。
普通は主人公の善性を示すために「人を信じる」が置かれやすいけど、杉元は善性の証明に無警戒さを使わない。
つまり杉元は、信頼を感情ではなく、行動履歴で更新するタイプなんだと思う。
これが、実直で感情豊かな見た目とのギャップになる。
危険管理だけ妙に冷静。
その警戒心は故郷を出た後〜戦争に行く前の旅の道中で得たものかな。
当時の菊田軍曹に将校との喧嘩中に仲裁に入られて飯を奢られたときに、
それで?
俺に何して欲しいんすか
って言ってるあたり、放浪道中で色々あったのかもしれん。
普通なら助けてもらって飯まで食わせてもらったら、まず「親切な人だ」で処理しそうな場面で、杉元は「見返りは何だ」を見に行ってる。
放浪期間もたぶんデカいだろうな。
家も共同体も失って、頼れる固定基盤がない。そういう環境だと、
* 親切には理由があるかもしれない
* 寝る場所は安全とは限らない
* 人は急に態度を変える
* 自分の身は自分で守る
みたいな感覚は身につきやすい。
杉元はたぶん、かなり早い段階で「人を好きになること」と「相手に自分の生存を預けること」は別だって学んでる。
そこ、妙に大人なんだよな。少年漫画主人公の「信じる力」じゃなくて、信じながら出口を確保する力がある。
戦争経験後は更に、いざとなったら大体自分で殺せるもんね。
で、アシㇼパさんをはじめ、終盤では白石も杉元の信用テリトリーの中にいれるじゃない。
あれは信用履歴が更新されたから?
杉元って最初から「人を信じない」んじゃなくて、信頼を積み上げ式で更新するんだよな。
しかも一回信用テリトリーに入れたら、かなり深い。
アシㇼパはもちろん、白石も最初は信用しきれない囚人だったのが、
* 何度も一緒に危機を越える
* 裏切りそうで、決定的なところでは戻ってくる
* 自分やアシㇼパのために動く
* 弱さやズルさ込みで行動傾向が読める
みたいな履歴が溜まっていく。
で、杉元にとっての信用ってたぶん、
「こいつがどう動くか、だいたい分かる人」なんじゃないかと思う。
つまり、
杉元は情で人を信用するんじゃなく、情を持った相手の行動履歴を見続けて、信用を許可する。
この「許可する」感じがかなり近い。
そして一度そこに入れた相手には、今度は杉元自身がかなり無茶して守る。
だから信用テリトリーが狭いぶん、入った後が重いんだろうな。
5. 分かりやすそうで分かりにくいところ
金塊争奪戦の中で、杉元”自身“が何をしたいのか、は語られない。杉元の口からアシㇼパへ語った金塊を探す理由は以下のとおり。
俺は...梅ちゃんと一緒になるはずだったんだ
俺の家族がみんな結核で死んだから離れるしかなかった
(中略)
梅ちゃんが目の病気になったんで...高額の治療費が必要だった
(中略。尚、梅ちゃんは同じく幼馴染の寅次と結婚したが、寅次は戦争中に杉元を庇って死亡)
約束を守るために故郷へ帰って寅次の嫁さんにカネを渡さなきゃいけない
金塊を探すのは梅ちゃんと亡き寅次のためであり、旅をする中で、金塊の謎を解き明かすことはアシㇼパのためにもなっていく。いずれにしても、行動の動機は他人である。
そしてそもそも、気に入らない上官を半殺しにしていなければ、金鵄勲章をもらって年金暮らしもできたはずであった(第1巻第1話)。金は欲しいが、金のために気に入らない上官に従う選択肢はなかったこともまた気になる。
うん。たぶん杉元は意志がないんじゃなくて、自分単体の欲望が極端に弱いんだと思う。
「何がしたい?」に対して、
出世したい、金持ちになりたい、故郷に帰りたい、名を残したい、みたいな自分だけで完結する欲望がほぼ見えない。
でも、
* 梅ちゃんを助けたい
* 寅次との約束を果たしたい
* アシㇼパを守りたい
になると、急に凄まじい推進力が出る。
上官を殴る件もそうで、出世や金銭的損得より「気に入らない」「これは許せない」が勝つ。
だから欲がないというより、自己利益が行動原理の上位に来ないんだよな。
これ、かなり怖いことでもある。
だって守る相手や果たす約束がなくなったら、杉元本人に何が残るのかが見えないから。
他人のためになることを目的に置いてるから、自分がそれを果たせなかったときの自己評価が「役立たず」になるのか。
杉元が自分のことを「役立たず」と言う場面は複数あるし。
俺ッ
俺は...
役立たず...‼︎
※
刺青の囚人・岩息舞治に「許してやりなさい 頑張ってるじゃないですか そんなにボロボロになるまで」と殴り殴られながら言われるシーン
おい...
黒猫ってのは結核を治すんじゃねえのかよ
お前が滅多に帰って来ないからか?
お前も役に立たねえな
樺太まで(アシㇼパを)追いかけてやっと取り戻したのに
また奪われやがって...
この...役立たず‼︎
かなり繋がってると思う。
杉元は自分の価値を、「誰かのために何ができるか」で測ってる節がある。
だから守れたときは前に進める。
でも守れなかった瞬間、
目的に失敗した
ではなく
自分そのものが役に立たなかった
になる。
だからあれだけ強くても、自己評価は安定しない。
むしろ、
強いからこそ「できるはずだった」が増える
→ できなかったときの自己否定が深くなる
んだと思う。
その誰かのため、も、杉元のエゴであると白石に喝破されたシーンがこちら。
へんッ
おめえがアシㇼパちゃんを正しい道に導くってか?
恋人でも 嫁でも娘でもねえのに…
いまのお前はなぁ
「人生に守るものが出来た」と勝手に思い込んで
冒険が出来なくなったショボショボくたびれ男だ
杉元は権太の旅でのアシㇼパちゃんを見てねえ!
彼女はいろんなものをこの島で学んで成長したんだ
もうお前が出会った頃のアシㇼパちゃんじゃねえんだよ‼︎
(中略)
お前らは樺太でやっと再会できたのに離れたままだ‼︎
(中略)
全部覚悟の上でアシㇼパちゃんが「アイヌを背負いたい」というなら背負わせりゃいいだろッ‼︎
彼女を自立した相棒として信じればなぁ
お前は元のギラギラした男に戻れるのに…
そう。白石、ここでかなり核心ぶっ刺してる。
杉元は「アシㇼパを守る」が自分の役割になりすぎて、途中からアシㇼパ本人の意思より、自分が守れる形を優先し始めてるんだよな。
だから何も言えない。
それまでの杉元は、
「危険から守る」「人殺しにしない」「背負わせない」
を善意としてやってきた。
でもアシㇼパはもう成長して、自分の意思で背負おうとしている。
そこでなお「守る」を続けると、今度はそれが相手の自立を見ないことになる。
この遣り取りを踏まえて、最終巻第309話では、アシㇼパが尾形を毒矢で射ったシーンでは、杉元が驚いた後に穏やかな表情になる。一部始終を見終わった杉元は、アシㇼパを見ながら思う。
俺は結局のところ
心の底から相棒扱いしてこれなかったんだ。
彼女が俺と一緒に
地獄へ落ちてくれるつもりでいるとわかるまで…
これ、中々重いなと思ったんだよね。
なんか杉元が初めて自分自身を見たような気もする。
うん、かなり重い。
杉元が初めて「アシㇼパをどうするか」じゃなく、「自分はアシㇼパをどう見ていたか」を認めた場面だと思う。
杉元自身が初めて、
自分はもう地獄にいる
そして本当は、そこに一緒に立ってくれる相手を求めていた
と認識した感じがある。
それまで杉元は「俺が守る」で関係を作ってきた。
でも「守る」は上下を作るんだよな。
相棒は違う。
相棒って、
同じものを見るし、
同じ危険を引き受けるし、
場合によっては同じ汚れも背負う。
杉元はそれをアシㇼパにさせたくなかった。
でも同時に、心のどこかでは自分と同じ場所まで来てほしかったんだと思う。
もちろん、アシㇼパが人を殺せるようになったこと自体を喜んでるわけじゃない。
ただ、
この子は俺が一方的に守る対象ではなく、自分で選んでここまで来た
そして、その選択の中に俺もいる
と分かった。
そこで初めて杉元も、自分の本音を見られたんじゃないかな。
俺のいる場所まで来てほしい
俺を一人にしないでほしい
なんて、とても言えなかった。
それを「守る」という形に変換してきた。
だからあの場面は、
アシㇼパの自立の完成であると同時に、
杉元の自己認識の開始でもある気がする。
自己認識と言えば、杉元がアシㇼパに好物を聞かれるシーンがある。
<杉元>
もう何年も食べてないな
最後に食べたのは...
戦争へ行く前だ
<アシㇼパ>
戦争から帰った時に食べなかったのか?
<杉元>
春だったから無かったんだよ
<アシㇼパ>
そうか......
杉元も干し柿を食べたら
戦争へ行く前の杉元に戻れるのかな
この干し柿は、寅次や梅ちゃんがいた頃の思い出と紐づいている。
杉元はアシㇼパに「春だったから無かったんだよ」と言っているが、実際は寅次の死後に一度、遺骨を届けに目の病気になってしまった梅ちゃんの家を訪ねている。しかし、杉元の臭いを嗅いだ梅ちゃんに、「あなた...どなた?」と言われてしまう。恐らく、故郷はそれっきりである。
このシーンを踏まえて最終回の遣り取りが以下である。
<アシリパ>
干し柿食べて何か変わった気がするか?
<杉元>
う〜んべつに...
でも変わらなくて良いと思うよ
昔の自分に戻らなくても...
<アシリパ>
⁉︎
<杉元>
役目を果たすために頑張った
今の自分が割と好きなんだよ
全部忘れないで背負って俺は生きていきたい
これって、杉元にとっては、戦争に行く前の自分がずっと恋しかったんだろうか。
杉元が恋しかったのは単純な「戦争前の自分」というより、もっと広く、
まだ何も失っていなかった頃の自分と、その自分が存在できた世界
なんだと思う。
干し柿って、ただの好物じゃないんだよな。
寅次と梅ちゃんがいて、故郷があって、自分にも「ここに帰る」があった頃の味。
だからアシㇼパの
「干し柿を食べたら戦争へ行く前の杉元に戻れるのかな」
が刺さる。
杉元自身もたぶん、どこかでずっと、
戻れたらいい
あの頃の自分に戻れたら
戦争でこうなる前に戻れたら
と思っていた。
でも実際には戻れない。
だから最終回の
「変わらなくて良いと思うよ。昔の自分に戻らなくても」
は、かなり巨大な着地なんだと思う。
それまでの杉元は、今の自分をどこか戦争によって損なわれた後の自分として見ていた。
でも最後は、
今の自分は、ただ壊れた残骸じゃない
と思えるようになった。
全部を通過した今の自分にも、ちゃんと価値がある。
だから干し柿を食べても「戻らなくていい」になる。
俺はここ、杉元の物語をかなり端的に言うなら、
昔の自分に戻れなくても、今の自分を好きになれるようになる話
なんだと思う。
杉元が梅ちゃんに、「あなた...どなた?」言われたときの内心は、
梅ちゃん…
俺はどんな臭いがした?
梅ちゃんの知ってる俺は
もうこの世にいないのだろうか
眼が治っても
すぐに俺だと分かってくれるかな...
なんだけど、杉元が梅ちゃんの目を治したかったのは、梅ちゃんに自分を一瞬でも分かってほしかったというエゴも多少はあった可能性がある?
あると思う。しかも、かなり切実なエゴ。
もちろん表向きは寅次との約束として梅ちゃんの目を治したい。
でも杉元自身も、
「今の俺を、昔の俺と同じ人間だと認識してほしい」
って願ってる。
「あなた、どなた?」は杉元にとって、単に梅ちゃんの視力の問題じゃないんだよな。
自分が本当に昔の杉元ではなくなってしまったのではないか、という恐怖を刺激してる。
戦争や喪失を経た今の自分を見ても、梅ちゃんは「杉元佐一」だと分かってくれるのか。
そこを確かめたかったんだと思う。
だから目を治したい動機には、
梅ちゃんのため
寅次との約束のため
に加えて、
自分がまだ自分であることを、過去を知る人間に証明してほしい
という欲望も混ざってたんじゃないかな。
でも杉元はそれを「俺を認めてほしい」とは言えない。
だからまた、他人のための役目に変換する。
で、最終回ではもう、梅ちゃんに認めてもらって昔の自分に戻る必要がなくなる。
昔の自分と同じかどうかを、他人に証明してもらわなくていい。今の自分を自分で好きだと言える。
そこまで行く。
居場所に関して言うと、旅の途中から手を組むことになった刺青の囚人の1人・海賊房太郎は、杉元と同じように家族を病気で亡くしていて、杉元はこう言われる。
じゃあわかるだろ?
俺の家族も全員疱瘡にやられたんだ
地元のみんなが俺と俺の家族を疎んで...
誰も話しかけない
触れてもくれない
故郷に居場所は無くなった
だから子供心に思ったね
「俺の国を作れば誰も俺を追い出せない」って
(中略)
金塊を見つけたら
杉元は自分の幸せのために
何をするつもりだったんだ?
何か夢は無いのか?
それを杉元は黙って聞いていて、父親を介護していた時のことを回想する。
当時の父親からはこう言われていた。
家を出なさい
お前だけは結核に捕まるな
私のことはもういい
自分のために生きるのは
悪いことではないんだぞ佐一...
自分が幸せに生きられる
場所を探しに行きなさい
結局杉元は、父親が死んだ知らせを聞いてから、実家に火をつけて町を後にする。長らく、幸せを感じられた“場所”がずっと故郷しかなかったんだろうな。
うん。たぶん杉元は、故郷を捨てたんじゃなくて、故郷しか幸せの原型を持ってなかったんだと思う。
房太郎は喪失から「俺の居場所を作る」という巨大な自己欲望を立てた。
杉元は喪失から、むしろ自分の欲望を後ろに引っ込めたように見える。
だから父親の、
「自分のために生きるのは悪いことではないんだぞ佐一」
これ、杉元がその後ずっとできなかったことを言ってるんだと思う。
杉元にとって幸せの原型はたぶん、
* 家族がいた
* 梅ちゃんがいた
* 寅次がいた
* 自分がまだ人殺しではなかった
* 自分を知っている人がいた
あの故郷にしかなかった。
だからその後、「幸せな場所を探す」ことができない。
探してるのはずっと役目であって、居場所じゃない。
だから最終回で「昔の自分に戻らなくてもいい」と言えるのは、単に戦争を受け入れた以上に、
幸せはもう過去にしかない、という前提を手放せた
ってことなんじゃないかな。
そういえば、杉元の迫害に対する嫌悪感は結構強かったな。
物語序盤で、白石がアシㇼパを飼いイヌ呼ばわりしたときには、苛烈に怒っているし。
(白石)
そのアイヌはお前さんの飼いイヌか?
<杉元>
(白石の顎を鷲掴みながら)
アゴを砕いて
本当にしゃべられんようにしてやろうか
<アシㇼパ>
よせ杉元
私は気にしない 慣れてる
<杉元>
(内心で)
慣れる必要がどこにある
杉元はたぶん、「追い出される側」「疎まれる側」「居場所を奪われる側」に異様に敏感なんだよ。
自分自身が、
家族を病気で失って、
村で疎まれて、
故郷を出て、
戻ってももう昔の場所には戻れなかった。
「慣れる必要がどこにある」
って、ほぼ杉元自身の人生への反論にも見える。
「そういう扱いは世の中にある」
「仕方ない」
「慣れればいい」
を、杉元は受け入れられない。
なぜなら自分もたぶん、そうやって居場所を失った側だから。
でも面白いのが、杉元自身はそれを自分には適用できてないことだな。
アシㇼパには、
「慣れる必要なんかない」
「そんな扱いを受け入れるな」
と思える。
でも自分は、
故郷を追われたら去る。
帰れなければまた去る。
自分の居場所を要求しない。
ここでも他人には与えられるものを、自分には与えられてない。
杉元佐一という男は、顔に品があって、腕っぷしが強くて、優しく真面目なので、もし家族が結核になっていなかったら、戦争に行っていなかったら、普通に多くの人間に囲まれて、好かれていたはずである。
しかし実際は、結核で家族を失い、結核が発症しなかったら戻って梅ちゃんを迎えに行こうと去って、戻った頃には梅ちゃんは寅次と結婚していて、戦後寅次の遺骨を届けに梅ちゃんを訪れた際には、「どなた?」と言われてしまう。
失い続けてきたから、次こそは失いたくないって感情もあるんだろうか、アシㇼパを守ろうとするのは。
あると思う。しかもかなり強く。
杉元の「アシㇼパを守る」は、単なる保護欲だけじゃなくて、これ以上、自分の大事なものを失いたくないがかなり混ざってると思う。
杉元って人生の前半、喪失が全部ほぼ一方的なんだよな。
家族は病気で失う。
梅ちゃんとは自分から離れるしかなかった。
戻ったらもう寅次と結婚している。
戦争では寅次が死ぬ。
帰っても梅ちゃんには自分だと分かってもらえない。
つまりずっと、
「気づいたときには、もう手遅れ」
を食らってる。
だからアシㇼパに対しては初めて、
失う前に守る
間に合ううちに動く
今度こそ自分の手で離さない
ができる相手だったんじゃないかな。
ただ、そこで白石に刺されるんだよな。
守ることが強くなりすぎて、アシㇼパ自身の成長や意志まで「失いたくないもの」として固定し始める。
要するに杉元は、
アシㇼパを失いたくない
だけじゃなく、
「自分が守れるアシㇼパ」を失いたくない
ところまで一時期行ってる。
だから終盤の「心の底から相棒扱いしてこなかった」に繋がる。
杉元の保護欲って、優しさだけじゃない。
喪失への恐怖がかなり入ってる。
それでも最後にアシㇼパを「守る対象」から「自立した相棒」に置き直せたのは大きい。
失いたくないから囲う、ではなくて、
失う可能性ごと含めて、相手の意志を認める
ところまで行った。
1人でどうとでもなりそうな男だけど、ずっと1人にならない居場所を探してた、ということかな。で、それが最後の最後に見つかって、アシリパと過ごすことになると。
そうだと思う。
杉元って一人で生き延びる能力だけは異常に高いのに、たぶん本当に欲しかったのは「一人でも生きられること」じゃなかった。
家族を失う。
故郷を失う。
梅ちゃんとの未来を失う。
寅次を失う。
そのたびに杉元は一人で立ててしまう。
立てるから、また歩ける。
でも立てることと、一人でいたいことは別なんだよな。
だから最終的には、
一人でどうとでもなる男が、ようやく一人でなくていい場所を見つけた
になる。
しかもその場所は、昔の故郷の代替じゃない。
昔の自分に戻る場所でもない。
今の自分のまま、過去も人殺しであることも全部抱えたまま居ていい場所なんだと思う。
だからアシㇼパと過ごす結末が効く。
杉元の物語、かなり乱暴に言えば、
帰る場所を失った男が、新しい帰る場所を得る話
でもあるんじゃないかな。
そしてたぶん、杉元は最後にようやく父親の言葉どおりになったんだよ。
「自分が幸せに生きられる場所」を、やっと見つけた。
以上、杉元佐一の魅力5選でした。
...いやいや、フィクションなのに、キャラの奥行きヤバくない?
しかも別に杉元に限った話じゃないし。野田カムイ天才が過ぎるだろ。
野田カムイ、キャラを“属性”じゃなくて人生として作ってるんだと思う。
杉元だけじゃなくて、尾形、鶴見、月島、宇佐美、白石、土方、谷垣、房太郎あたりも、全員それぞれ別方向に本人の理屈では一貫してるんだよな。
狂って見える奴すら、「なぜそうなったか」を掘ると急に地続きになる。
だから読後も終わらねえんだよ。
本編終わってるのに、こっちはまだ延々掘れる。
おかげさまでまだしばらく沼でチャプチャプできそう。
なんなら、他作品の物語中盤で出てくる「悲しい過去があってそれきっかけで強くなりました」では到底満足できん身体になってしまった。
それはもう野田カムイ基準に脳を焼かれた後遺症だな。
金カムは過去が“設定資料”じゃなくて、現在の人格の運転系にまで食い込んでるんだよな。
杉元なら、家族を失ったことが単に「可哀想な過去」じゃなくて、
* 居場所を失うことへの敏感さ
* 守れないと役立たずになる自己評価
* 他人のためなら動けるが自分の欲望が薄い
* アシㇼパを守ることへの執着
* 昔の自分に戻りたい感情
* 最後の自己受容
まで全部に繋がる。
お前、完全に
“過去は現在の人格にまで発酵していてくれ派”
になってる。
しばらく普通のキャラ造形じゃ満足できんぞ。
だって、実際人間ってそうじゃん。過去の体験の積み重ねに対する意味づけが人格や行動習性を形作るわけで。
そう。だから金カムのキャラが妙に「人間」に見えるんだと思う。
現実の人間って、過去の出来事そのものより、
その出来事をどう解釈したか
そこから何を学習したか
何を避けるようになったか
何を執着するようになったか
の積み重ねで今の行動ができてる。
同じ「家族を病気で失った」でも、
房太郎は「自分の国を作る」に行く。
杉元は「自分が幸せに生きられる場所を探せ」と言われながら、長くそれができない。
出来事が人格を作るんじゃなくて、出来事への意味づけが人格を作る。
そらキャラが生き物になるわ。
