趣味のデータ分析110_都道府県別NISA口座開設率②_収入と職業の影響
前回は、NRIの金子氏の、都道府県別NISA口座開設率の分析を批判的に検証した。金子氏の分析は、手法的にも解釈的にも、小さくない問題がある。
その前提で、今回は、②「NISA普及における地域間較差の要因分析」における金子氏の分析が、仮に正しいとしても(念の為だが、109で述べた通りあまり正しくない)、その結果は、賃金データの時点更新や業種の区分法の違いに対して頑健ではないことを示す。
金子氏の分析を復元してみよう!
今回の趣旨は金子氏の分析を復元し、データのみを差し替えてみることだ。幸い金子氏の分析は、使用しているデータをかなり詳細に説明してくれている。そして手法も複雑なものではない。比較的シンプルな重回帰である。

(出所:NRI)
ので、金子氏の分析を読めば、その分析を復元することは困難ではない。データの詳細は末尾に譲るとして(補足1)、私が復元した結果と、金子氏の分析結果を比較してみよう。
まずは金子氏の分析結果はこちら。回帰モデルの結果と、20~50代のNISA口座開設率最低と最高の青森と東京の差分のウォーターフォール図である。

(出所:NRI)

(出所:NRI)
筆者が復元した結果は下記。小さくてわかりにくいのだが、少し誤差がある(補足2)。総じて説明変数の影響は筆者のほうが小さいが、定数項は筆者のほうが大きい。ただ、有意性は概ね同じくらい、自由度調整後決定係数もほぼ同じなので、きちんと復元できたとしておこう。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
東京と青森の差に関するウォーターフォール図の復元は図5の通り。上述のとおり、回帰結果のズレはあるものの、ウォーターフォール図のほうには、復元データと金子氏の分析の間の違いはほぼない。この観点でもそれなりの精度で復元ができたと思う。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
データの差し替え
では、この復元手法をベースに、データを差し替えてみたらどうなるかを確認したい。差し替えの考え方は下記の2つ。
業種区分を変えたらどうなるか。具体的には、一次~三次産業+公務・その他の4業種に絞った場合と、逆に業種を(金子氏分析の7種類から)12種類まで増やしてみた場合の2つを検証する。
賃金データを、金子氏分析の2023年から2025年に更新したらどうなるか。
以降では、「2023年賃金で4業種/12業種に差し替え」で2種類、「2025年賃金で7業種/4業種/12業種に差し替え」で3種類、計5種類の差し替えをやってみて、回帰結果とウォーターフォール図がどうなるかを確認したい。
なお、業種の詳細については補足3を参照してほしい。
①2023年賃金×4業種
まず、7業種ではなく4業種でみてみよう。ここですでに、収入の有意性が0.1%水準に向上し、ウォーターフォール図では、収入の影響が金子氏の分析の2倍程度(5.3%pt)に上昇している。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)

NISA口座開設率の差の要因分解(2023年賃金×4業種)
(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
②2023年賃金×12業種
次に、2023年賃金で、今度は業種を増やして12業種にするとどうなるか。
今度は年収の影響が減少し、ウォーターフォール図上は、金子氏の分析と近い水準になった。業種別で影響が大きいのは、一次産業と宿泊・飲食・生活関連がネガティブ、教育・学習支援業と医療福祉がポジティブに強く有意になっている。金融・保険・不動産業は、影響は大きいが有意性はこれらより若干低い(というか、係数が1を超えるという謎事態である)。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
③2025年賃金×7業種
ここからは、賃金データを2025年に差し替えたものに移る。まずは業種を金子氏と同じ、7業種に整えたものが次のとおりとなる。
この分析では、業種の区分は金子氏と同様で、本来なら金子氏の分類と同じような結果になってもおかしくないが、結果は結構大きく異なる。年収の有意性が①と同じレベルで、その影響度は金子氏の分析の2倍以上の6.9%pt。賃金データの年次を2年ずらしただけでこんな影響が出るものなのか。
対照的に、業種の影響は減少し、有意性もかなり低い。1%有意なのは、運輸・一次産業がネガティブに効いているだけである。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
④2025年賃金×4業種
4番目は、2025年賃金と4業種に差し替えたものだ。これでも年収は0.1%有意。その影響度は①~⑤の中で最大で、年収の影響は業種の影響の2.5倍、青森県と東京都の差の半分以上は、年収の差で説明できてしまうこととなった。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
⑤2025年賃金×12業種
最後は、2025年賃金と12業種である。ここでも年収の影響は比較的大きく、この組み合わせでも、青森県と東京都の差の半分は、年収の差で説明できる。業種については、②と同じような感じで、一次産業と宿泊・飲食・生活関連がネガティブ、教育・学習支援業と医療福祉がポジティブに比較的強く有意となっている。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
まとめ
前回、金子氏のNISA口座の都道府県別開設率の分析はいくつかの問題があることを指摘した。今回は、そのような問題があることを一旦無視して、仮にデータだけを差し替えた場合――もともと恣意的な業種の区分けと、より適当なデータを考えられる賃金データの最新版への変更――の影響はどうなるか、という点を確認した。
金子氏の分析の主眼の一つは、特に青森県と東京都のNISA口座開設率の差について、「両都県の較差の大部分は「年収の差」ではなく、単純に「どのような仕事に就いている人が多いか」という産業構造の違いによって決定づけられている」という点だったが、今回のデータ差し替えでみた限り、少なくとも金子氏の分析ほど業種の影響は大きくなく、年収の差も十分な影響を持つ――最大の場合は、年収差は業種差の3倍近い影響を持つ――ことが確認できた。
①~⑤で、青森県と東京都のNISA口座開設率の差への各項目の影響度の差だけを取り出すと以下のようになる(残差の差もあるので、2要因の合算値も幅がある)。金子氏分析の場合で特に業種差が大きくなっているが、それ以外、特に2025年の賃金データを使用した場合は、収入による影響が一気に大きくなる。
……ていうか、どのデータを使用しても、青森県の推計誤差(残差)が結構馬鹿にできないほど大きいな。

(出所:NRI、金融庁、人口動態調査、賃金構造基本調査、就業構造基本調査)
業種については、区分が異なるので単純比較は難しいが、一次産業(農林水産業鉱業)が、NISA口座開設率にネガティブな影響を及ぼしていることは比較的共通している(再掲しないが、①~⑤を確認すると、一次産業の回帰係数は、すべてネガティブかつ5%有意となっている)。この点は、前回紹介した森(2017)でも同様の結論となっている。
ただこれは、これまた前回紹介したBetermier et al. (2012)で示された示唆、つまり「賃金のボラティリティが高い業種に転職すると、リスク性資産の割合が減る」という結論と符合していると考えられ、その意味では合理的な選択といえるものだ。金子氏は、自身の分析の政策的示唆を述べた部分で、「運輸・一次産業では現場作業を中心とする業種が多く、情報接触機会が限られ金融リテラシーの習得が進みにくい」としているが、業種間較差が金融情報の接点の大小に起因しているかは、この分析からは不明だし、そういう他の分析も、瞥見の限りは見つからなかった。金融情報への接点の大小ではなく、単に業種間の所得格差とパラレルである可能性もある。
ちなみに今回業種分けが細かい②と⑤では、いずれの分析でも、(回帰係数の大小とは別に、)有意性がポジティブに高いのは教育・学習支援業と医療・福祉、ネガティブに高いのは一次産業と宿泊・飲食・生活関連となる。金子氏が注目している金融・不動産業は、回帰係数は相対的に大きいが、有意性もそれに合わせて高いわけではない。金子氏の、「金融情報への接点の大小がNISA口座開設率に大きな影響を与えている」という仮説からは、当然に金融関連業が最も有意に影響を与えて然るべきかと思うが、実際には教育・学習支援業と医療・福祉、一次産業のほうが、より有意(かつポジティブ)に影響を与えている。この点でも、金子氏の分析の解釈、前提には危ういところがある。
金子氏の分析は、手法も危なかっしいところがあるけど、それ以上の問題としてその解釈、政策提言の部分が踏み込みすぎなところにあると思う。
なお、年齢ダミーも、都道府県感の較差に与える最終的な影響は大きくないが、①~⑤を通じて30代になることが強くポジティブ、50代になることは、③~⑤でネガティブに作用している。
いずれにせよ、今回の分析からは、仮に金子氏の分析の手法が概ね正しいとしても(多分あまり正しくはないが)、その結果は頑健なものではないということを示した。
次回は、改めて、都道府県別NISA口座開設率の較差が何に起因しているのか、もっとシンプルな方法で検討してみたい。
補足、データの作り方等
分析自体はNRI。今後のデータの出所は金融庁、人口動態調査、就業構造基本調査、賃金構造基本統計調査。補足の日証協データはこちら。
補足1:金子氏データの出所など
金子氏の分析でのデータの出所は以下の通り。
NISA口座開設率:金融庁の、2025年6月時点の都道府県別NISA口座開設数を分子、分母に人口動態統計調査の、2024年の都道府県別年齢別データを使用。
平均年収:賃金構造基本調査の年齢別都道府県別データのうち、「きまって支給する現金給与額」* 12 + 「年間賞与その他特別給与額」で算出。これは部分的に金子氏が言及している数字と合致しているので、この計算法で正しいはず。
業種別構成比:分子は、就業構造基本調査の年齢別都道府県別データから各業種の人口を使用。分母は、就業構造基本調査の年齢別都道府県別データの年齢別総労働者数に、就業構造基本調査の年齢別都道府県別無業者数(給食状況とかを確認しているデータ)の総数を合算して算出したもの。ただ、これは補足2の通り誤差が発生していると思われる。
青森県と東京都の較差に関するウォーターフォール図を作成する際には、年代別項目別に算出した較差を、人口比(NISA口座開設率で使用したのと同じもの)で荷重して、全年齢合算を算出した。
補足2:復元データの誤差について
図4で発生している、復元データと金子氏の分析のズレについて確認したところ、どうやら年齢別業種別構成比にズレがあるようで、全業種的に、復元データのほうが構成比が若干高くなっていると思われる。金子氏のデータでは補足1のとおり、構成比について、有業者数+無業者数を母数にしているので、多分年齢別無業者数にズレがある(復元データのほうが無業者数が少ない?)んだと思う。
ただ、元データをどうみても無業者数がこれ以上大きくなるような数値は出てこなかった。構成比の違いも、各都道府県で多分大きくても1%に満たない水準だと思われ、こんな復元をしなければあまり問題にならない範囲。回帰結果にはそれなりに影響があるが、まあ問われれば出所は全て解説できる程度には整えているので、完全復元は諦めることにした。
補足3:業種分類
4、7、12種類に区分した業種の詳細は以下のとおり。もともとの就業構造基本調査では、不明含めた20業種区分のデータが取得可能。上記の分析でも、12区分ではなく20区分のまま分析したかったのだが、諸般の事情で12区分まで集約することにした。

(出所:NRI、就業構造基本調査)
ちなみに金子氏のデータ(つまり7業種のデータ)では、なぜか鉱業が「運輸・一次産業」にカテゴライズされている。実際には運輸業でも一次産業でもないと思うが。12業種の方では建設業と合体させた。それ以外にも、教育と情報通信業(IT)やインフラとが一緒になっていたり、宿泊業・飲食サービス業が、生活関連サービスではなく小売業と一緒に区分されていたり、結構謎な区分な感じがする(基本業種区分は、結合させるにしても隣接したもの同士で結合させると思うが、7業種だとかなり入り組んだ整理で再区分している)。
④単年の賃金データの使用について
NISA口座開設率はいわゆるストックデータであり、その意味で、フローデータである賃金データを説明変数として使用するのは本来望ましくない可能性がある。金融庁のNISA口座開設率データは、(多分)2014年のNISA制度が始まったとき以来のストックデータなので、賃金データも、2014年以降の平均データを使うとか、やり方は色々考えられる。
要するに、業種云々以外の意味でも、フローの収入とストックのNISA口座開設率の相関を取るのは、そもそもあまり頑健でない結果が出やすいと考えられる。この点は、本来はストックで見るか、マクロではなくミクロで考えるほうがいいかもしれない。
ちなみに年収とNISA口座開設率の相関に関するミクロデータは、日本証券業協会の調査でほぼ解決可能で、2024年の調査では、NISA口座開設率は、明らかに世帯年収に応じて比例関係にある。

(出所:日本証券業協会)
