環境DNAとは 〜水をくむだけでそこにいる生きものがわかる? 〜
DNA分析技術の発展がもたらしたもの。
ヒトゲノムプロジェクトや、ヒトマイクロバイオームプロジェクトのことは、このnoteの読者ならご存知だろう。
一方で、DNA分析技術の向上とコストの低下が意外なところに役立ったことを知っている人はあまりいないのではないだろうか。
それは、生態系のモニタリングだ。
私たちヒトの健康や利便性には直接的に関与しない場合が多いので認識されにくいが、
どこに、どんな生きものが、どれくらい生息しているかを継続的にモニタリングすることは、私たちが地球で生きていくうえで重要な仕事だ。
これに、DNA分析技術を応用する試みが注目を浴びている。
その名を「環境DNA」という。
環境DNAとは
環境DNAとは、文字通り川や海、土など環境中に含まれるDNAのことだ。
こういった環境に含まれるDNAとして圧倒的に多いのは、細菌などの微生物に由来するものだ。
しかし、2008年頃から「環境DNAには、マクロ生物(目で見える大きな生物)に由来するDNAもそれなりに含まれているらしい」ということが明らかになってきた。(Ficetola et al., 2008 ; Minamoto et al., 2011 ; Takahara et al., 2013)
それまで、マクロ生物の体から剥がれた皮膚や糞便、死骸などに含まれる微生物以外のDNAは速やかに分解されると思われていたため、この発見は意外なことだった。
そして、例えば川から汲んできた水の中に含まれるマクロ生物のDNAを分析することで、その川に住んでいる種がある程度わかるとしたらどうだろう?
希少種の保全活動や、外来種のモニタリングに非常に有効に使えるのではないだろうか。
環境DNA分析の流れ
環境DNA分析の流れを簡単に説明しよう。
採水
採水ポイントを決めて、水を汲む。採水量は研究によってさまざまだが、おおむね500ml〜1リットルくらいあればいい。
ここで汲んだ水には、微生物以外にもマクロ生物の細胞、細胞が壊れて出てきたフリーのDNAなどが含まれている。ろ過、抽出
採水した水をフィルターでろ過し、フィルターに残ったDNAを抽出する。遺伝子増幅
目的の種の遺伝子を増幅する。
↓イメージ図

ポイントは「3, 増幅」の部分で、ここで存在を確かめたい種の遺伝子を雛形として設定しておく必要がある。つまり、原則として遺伝子配列がわかっている種しか解析できない。
次に、環境DNAの2種類の解析法について解説する。
種特異的解析
まず1つめは、種特異的分析と呼ばれる手法だ。
これは、特定の種(多くても3種程度)を対象とした解析で、たとえば以下のような場合に利用される。
絶滅危惧種であるオオサンショウウオやニホンウナギの生息場所を特定したい
侵略的外来種であるブラックバスの生息場所を特定したい
絶対数はまだまだ正確にはわからないのだけれど、相対的な数は推定できる場合もある。この手法では主に、リアルタイムPCRやデジタルPCRと呼ばれる機器が活躍する。
網羅的解析(環境DNAメタバーコーディング)
もうひとつは、魚類、両生類、鳥類、哺乳類などのカテゴリごとにどんな種が存在するかを網羅的に解析できる環境DNAメタバーコーディングという手法だ。
遺伝子を増幅させる際、前述の種特異的分析では「ニホンウナギだけが増える」遺伝子の雛形を使う。
一方でメタバーコーディングでは、例えば魚類全般に共通した遺伝子を雛形に使い、増幅したあとに次世代シーケンサーで遺伝子配列を読むことで、そこに住む魚類のリストを作成することができる。
38億年前、生きものは共通の祖先から枝分かれしながら進化してきたと考えられている。
その枝分かれが最近のものであるほど遺伝子が似ているので、こうした手法が成り立つというわけだ。
環境DNA分析のメリット
環境DNAには、いくつものメリットがある。
従来の採捕調査などに比べて、生態系調査にかかる人的労力が圧倒的に低く、調査員の種同定能力も問われない。
調査が非侵襲的であり、調査のために何匹かの生きものを犠牲にする必要がない。
目視調査などで見逃されがちな、体の小さな種も検出できる。
環境DNA分析の課題
一方で、環境DNA技術にはデメリットや、考慮すべき課題も多く存在している。これらをきちんと考慮しておかないと、生態系モニタリングの文脈で大きな見誤りをしかねない。
DNAの由来
環境DNAは、生きている生物が代謝によって放出するものだけではなく、死骸からも放出される。また、個体の年齢や季節によってもDNAの放出量が異なるため、単純に検出結果を絶対値として鵜呑みにするわけにはいかない。DNAの移動
たとえば川の場合、水は上から下に流れている。DNAも上から下に流れているため、本来上流にしか生息していない生物のDNAが下流から検出されることがしばしばある。コンタミネーション
DNAは非常に小さな分子のため、採水時や実験工程で容易にコンタミネーションしてしまう。研究者たちは、コンタミネーションを避けるためにありとあらゆる手を尽くしている。遺伝子データベースの不足
読み取った遺伝子がどの種に割り当てられるかは、それぞれの種の遺伝子データベースがどのくらい充実しているかによる。たとえば熱帯地域の植物や昆虫に関してはデータベースが不足しており、遺伝子を読み取ってもどの種かわからないことがしばしばある。
「水を汲むだけ」というキャッチーな手法のために注目されているが、他にもさまざまな課題があり、環境DNA手法は生態系モニタリングとして決して万能な方法ではない。
環境DNA分析の応用例
環境DNA技術は、川や海における魚類の検出を目的とした解析系が真っ先に発展した。とはいえ、この技術の適用はそれにとどまらない。
例えば、以下のような応用例がある。
動物たちがよく利用する森の水飲み場の水から、近くに暮らす哺乳類を推定する
植物にかけた水から、その植物を訪れた昆虫を推定する
空気を大量に吸い込んで、近くにいる鳥を推定する
ハチミツの中に含まれる植物DNAから、ハチの行動範囲を推定する
他にも、工夫次第でさまざまな活用法があるだろう。
幸いなことに、大学院で私が所属する研究室の教授は、環境DNAの第一人者だった。この技術を通じて、ヒトが自然の一部として様々な生きものと共生する世界のあり方を探りたいと考えている。
Ficetola, G. F., Miaud, C., Pompanon, F., & Taberlet, P. (2008). Species detection using environmental DNA from water samples. Biology Letters, 4(4), 423–425. https://doi.org/10.1098/rsbl.2008.0118
Minamoto, T., Yamanaka, H., Takahara, T., Honjo, M. N., & Kawabata, Z. (2011). Surveillance of fish species composition using environmental DNA. Limnology, 13(2), 193–197.https://doi.org/10.1007/s10201-011-0362-4
Takahara, T., Minamoto, T., & Doi, H. (2013). Using Environmental DNA to Estimate the Distribution of an Invasive Fish Species in Ponds. PLoS ONE, 8(2), Article e56584. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0056584
