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「肛門を取らないといけない」そこから始まった選択の話

前回の記事で、2019年11月に直腸がんと診断されたことを書きました。

告知の夜、私は「肛門温存できる術式(ISR)」があることを知り、ひたすらその情報を調べました。今回は、その翌週の話です。

「肛門を取らないといけない」と言われた私が、どう動いたか。結果的にこの行動が、その後の治療の流れを大きく変えることになりました。


翌週の診察で、正直に聞いた

告知の翌週、B病院の診察がありました。

「ISRはできませんか」

率直に聞きました。先生の答えは明確でした。

「この病院ではできません」

がっかりするとともに、この選択しか調べていなかったので、どうしようか・・・と考え込んでしまいました。すると先生の方からこう言ってくれたんです。

「セカンドオピニオンを受けてみてはどうですか」

セカンドオピニオン!この一言で、次の扉が開きました。


セカンドオピニオンって、気が引ける

正直に言うと、最初は気が引けました。

「今の先生に失礼じゃないか」「嫌な顔をされないか」「そんな余裕あるのか」

でも今振り返ると、その心配は完全にいらぬ心配でした。

B病院の先生は紹介状をすぐに用意してくれました。怒るどころか、むしろ背中を押してくれました。この先生は「自分の病院ではできないことがある」「納得できない治療は後々のしこりになる」をわかってくれていたんだと思います。

セカンドオピニオンは、今の先生を否定することではありません。

「より良い選択をするため、納得して治療をすすめるための情報収集」です。がん治療の選択という大きな決断を前にして、一つの意見だけで決めなくていいはずです。納得してから前に進みたい。それが患者からみたセカンドオピニオンの本質だと、私は思っています。


「温存できるかもしれません」

2020年初頭、B病院からの紹介状を持ってCがんセンターへ。

Cがんセンターのセカンドオピニオン外来では、先生が丁寧に話を聞いてくれた上で、患部も診てくれました。そして、こう言ってくれました。

「温存できるかもしれません」

——マジか!興奮とともにほっとしました。

がんと診断されてから、ずっと張り詰めていた何かが、少しだけゆるんだ瞬間でした。「肛門のない生活」がどうしても想像できなかった私にとって、その言葉は本当に大きかったです。


転院を決めた理由

B病院もA医院も、本当に親切に対応してくれたと思います。だから転院には迷いもありました。

でも、「温存できるかもしれない」というCがんセンターの医師の言葉が、背中を強く押しました。

「肛門のない生活」と「転院の気まずさ」を天秤にかけたら、答えは一つでした。

転院を決めて、Cがんセンターでの治療が始まりました。


この経験から思うこと

あの時、先生に「ISRはできませんか」と正直に聞かなければ。セカンドオピニオンを受けなければ。転院しなければ。

良くも悪くも永久人工肛門を、もっと早く受け入れていたかもしれません。

結果として、私はその後再増大により永久人工肛門になりました。でも、「"その時点での"最善の選択をした」「"その時点での"やれることはすべてやった」という気持ちがあるから、後悔はしていないといえるのだと思います。

自分の治療は、自分で考える。

医師に任せきりではなく、わからないことは聞く。納得できなければ別の意見を求める。あらゆる手段で調べる。それが、長い治療を乗り越えていくうえで、とても大切なことだと感じています。
必ずくる「自身で選択しなければならない局面」の助けになります。


おわりに

セカンドオピニオンについては、費用・準備・実際の流れ・実際にした質問と回答まで、別記事(有料)にまとめています。

「受けたいけど何から始めればいいかわからない」という方の参考になれば嬉しいです。

次回は、転院後に始まった放射線化学療法と、初めて「寛解」という言葉を聞いた日のことを書きます。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


※本記事は筆者個人の実体験に基づく記録であり、特定の制度、手続き、医療行為等の正確性や効果を保証するものではありません。掲載情報は時期や環境によって異なる場合があります。万が一、本記事の情報により損害や不利益が生じた場合も、筆者は一切の責任を負いかねますので、最終的なご判断はご自身の責任においてお願いいたします。


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