見出し画像

「なんとなく生きる」をやめたらどうなった?惰性人生を脱出した私のリアル体験記

風よ!炎よ!雷よ!──そしてアラームは朝7時に鳴った。

そう、あの日私は「なんとなく生きる」をやめたのだ。
それはもう、平成のジャンヌ・ダルクが目覚めたようなテンションで。



1. 冷蔵庫のピーマンが導いた人生の転機

きっかけは、冷蔵庫の野菜室にあったシワシワのピーマン。
いつもだったらスルーして、見なかったことにして、2週間後に「わー黒くなってる〜」とか言って捨てるやつ。

でもその日、私は違った。
ピーマンを手に取った私は、なぜか泣いていたのだ。
「私は…こんなピーマンにすら、向き合えなかったのか…!」

ピーマンに泣かされる30代独身女──この瞬間、なんとなく生きてきた人生が、クルッと方向転換した


2. 「意図して生きる」って何?実践して気づいたこと

まず、朝のコーヒーをドリップに変えた。インスタントじゃない、ちゃんと豆から挽くやつ。
ミルをゴリゴリしながら、「これが…生きるってことか…」って呟いた。
自分でも気持ち悪いと思ったけど、うまかった。これがまた、めちゃくちゃに。

次に手を出したのは、運動。そう、フィットネスYouTuberの世界へ、ようこそ私。
「はい!腹筋割っていきましょう!」
って言われて、速攻で腹筋がつりました。
でも気づいたんです。私、これまでずっと、人生の筋肉をさぼってたなって。
『心のプロテイン不足』、そう呼んでほしい。

さらには日記。

1日1行でもいいから書くって決めたら、なんと3日目にして既に自己啓発本の帯コメントみたいなこと書き始めてた。
「今日の私は、昨日の私に勝った」
勝ったのはいいけど、誰にも見せられない。恥ずかしすぎて。


3. なんとなくをやめると、時間感覚がバグる件

そうやって「なんとなく」を排除していった日々は、劇的に変化をもたらした。

例えば、時間の流れ方が違う。
今までは「気づいたら金曜の夜!」だったのに、今は「まだ火曜日かよ、濃すぎるだろ」状態。
人生が、こってりラーメン並みに胃にくる。満腹感すごい。

ただ、誤解してほしくない。
「なんとなく生きる」ってことが悪いわけじゃない
それはそれで、ちゃんと意味があった。
でも、「意図して生きる」って、なんかこう…
人生がいきなり、フルカラーになるんだよ。
それまでモノクロだったのに、「うわ!空ってこんなに青いの!?」みたいな衝撃。


4. それでも「なんとなく」は、時々帰ってくる

で、ここまで語っておいて、実は今週ちょっとまた「なんとなく」寄りの生活に戻ってたりする
ええ、人間だもの。ミスもある。スナック菓子も食べちゃう。

でも大丈夫。
私はもう知ってるから。
意図して生きた日の、あの清々しさを。

だから、今日の私は、またピーマンに向き合います。
そして言います──「お前、まだ生きてたのか」って。




今日の文章、ちょっとでも刺さったら、コーヒー1杯ぶんの応援いただけたら嬉しいです☕(おにぎりでも可)

いいなと思ったら応援しよう!

しゃばば!! チップの有無より「気持ちが浮かんだこと」そのものが、私にとっての宝です。お金超えてます、まじで。

この記事が参加している募集