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天国からの延長コード(×2)

システム変更というと少々大げさだが、スウィング内各所にあるコンセント周りの使い方についても再考している。

日頃の安全管理がしやすいようにとか、コードにつまずかないようにとか、グッチャグッチャにならないようにとか、そうした観点を持って。なんせ古い建物だし使用方法も様々なので手間のかかる作業だが、これを整理しておくと後々が楽だ。

仕事はじめ以降の数日、僕とあやちゃんは基本的にこうしたインフラ再整備にかかりきり。

目途がつくのはついたけれど、現実的な作業がまだ終わらないので早く終わらせたい……。

また、スウィングのアチコチには『親の年金をつかってキャバクラ』展(2019年~2020年)で使用したGさんのエピソード(僕が書いたブログを再編したパネル)+写真を展示してきたのだが(この機にやめるとか数を減らすという選択肢もあったのだが)、「今もときどき読んでいる」という嬉しい声がいくつかあがったので、今後も同じように展示し続けることにした。のでご来館の際にはぜひ読んでみてください。

そんな折、展示継続を最も強く望んでいた西川君から、Gさんの最新エピソードが突然届けられた。

最新といってもGさんは2021年に亡くなっているのだから最近の話ではない。
どうやら「コンセント周り」に影響されて、西川君の中で眠っていた古き良き思い出がよみがえったらしい。

忘却された過去、そして天国からの贈り物である。

何年前の出来事なのかは定かではないが、まだGさんが60代か70代の頃のことだ。

ある日、何か事情があって西川君がGさん宅を訪問すると、壁に設置されたコンセント付近から延長コードが延ばされていて、その先を目でたどってゆくと先っちょにもう1本の延長コードが挿し込まれて更に延長されている。

「一体どんだけ長さいんねん」と不審がりながら2本目の延長コードの先をたどってゆくと、その先っちょはなんと1本目の延長コードにガチッと挿し込まれているではないか……!?

つまり延長した意味は皆無。
そこにはただ、2本の延長コードによる長い円のようなものが描かれていたのである。

もちろん電力も発生しないから(超エコ)、Gさんは折角がんばってめっちゃ延ばしたのになぜ電気がこないのか首をかしげまくったに違いない。

意味がない……というより資本主義とか物質主義の意味を逆に問われているような気もするし、因果応報とか輪廻とか生きる意味とか、そうした宗教的なのもひと通り考えさせられてしまう。

まだ新たなエピソードで腹がよじれるほど笑かしてくるなんて。
死してなお発せられる続けるGさんの存在感やエネルギーはやっぱりケタ違いだなあと感嘆する。

「警察」と聞くだけで表情を曇らせる人だった。
暖かな駐車場で昼寝をする人だった(猫のようだ)。
飲む打つ買うのうち2拍子だけ揃ってる人だった。
引きちぎった電線を川に入れ、電気ショック漁をする人だった(若い頃)。

オシャレとか関係なく、いつもナチュラルに半分お尻が出ている人だった。
帽子のツバをメモ帳代わりにして、僕の携帯番号を堂々と公表している人だった。
HMVのレジ前でなぜか正座していた。
とにかく愛嬌があって、誰からも好かれる人だった。
全てを「どうでもいい」とポジティブに思わせてくれる人だった。

あんな人にはもう会えないんだろうな。
僕たちは「昭和の怪物」のひとりと生きていたのかもしれない。

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