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#5 美とは1 ー九谷焼/錦山窯ー

先日、石川県の金沢にある九谷焼の窯元、「錦山窯」のギャラリーでのアートダイニングイベントにお邪魔してきました。

お恥ずかしい話、九谷焼も、錦山窯もこの『朽ちゆく果てにも美は宿る』の個展で出会うまで、存じ上げませんでした…

今回、素敵な伝統工芸や想いと出会うことができたので、私の記録としても文章にしたいなと思いまして。

九谷焼とは?

九谷焼(くたにやき)は、石川県南部の金沢市小松市加賀市能美市で生産される、色絵の磁器。五彩手(通称「九谷五彩」)という色鮮やかな上絵付けが特徴である。

wikipedia

五彩手(ごさいで)とは、赤、黄、緑、紫、紺青の五色を組み合わせて絵付けをする技法のこと。九谷焼で一般的に使われるもので、その技法を用いて絵画的な表現をする「色絵」という手法で色鮮やかな九谷焼が作られます。

いわゆる「ジャポニズムっぽいっ感じ」

九谷焼の歴史をとてもざっくり説明すると、

・江戸時代に石川県加賀市で発足。しかし謎の理由で窯元が廃窯。(古九谷時代)
・1世紀後、加賀藩が京都から職人さんを呼び寄せて再興。(再興期)
・九谷庄三が能登呉須と呼ばれる青の顔料を使用。青九谷と呼ばれる。金箔をふんだんに使った、THE九谷焼!って感じの彩色金欄手を始めたのもこの方(中興期)
・明治に入りジャポニズムの流行から輸出されるように。西洋の風潮も取り入れたりしながら、獅子などのモチーフが使われるように。明治維新の失業士族の引受先として、始まった陶芸育成化施設が、現・石川県立工業高等学校になって次世代育成している(新九谷)


金沢というと金箔のイメージがあって、ミーハーなので金箔ソフト〜とかしかイメージがなかったんですけれど、

金箔ソフトの背景には

金沢の降水量・湿度が高い環境が金箔作りに適していたこと、
製造の過程で必要な良質な水があったこと、
認定強い金沢人の気質(?)、
幕府にためだよって言われながらも隠れて作り続けた加賀藩の頑張り

などなどの文脈があって、日本の緊迫生産量の99%以上を占めていることの結果である、ということを今回しれました。

最近よく出会うキーワードの「文脈」

ものと情報が溢れて、何不自由ないこの現代において、
差別化を図ったり自分の軸になりうるのはこの「文脈」だと思っていて。

同じもの・商品でもどれだけそこの「文脈」にこだわれるかで人生の見え方って変わってきそうだなと感じる今日この頃です。


いろんな九谷焼

もちろん九谷焼と一緒くたに行っても、窯元によって「文脈」は異なるわけで。

一個一個解説したいんですけど、餅は餅屋で興味ある方は以下のサイトをご覧ください。

その中でも今回お邪魔した錦山窯は釉裏金彩(ゆうりきんさい)といって、金粉や金箔を貼ってから、その上に釉薬(陶磁器の表面に施すガラス質の層のこと。主に灰や粘土を混ぜて水に溶かした液体で、陶磁器に塗って窯で焼き上げることで、ガラス質となり表面をコーティングするやつ)をかけて焼き付ける技法。

一般的には釉薬をかけてから金を貼り付けるので、今までの常識とは真逆のことをしてる。

そうすることで金が剥がれにくくなるのはもちろん、しっとりとした質感と輝きが生まれるそう。

その技法を極めて、人間国宝にも指定されたのが、錦山窯の前当主、吉田美統さん。

贅沢にもその文脈を継いで、さらに素敵な文脈を紡がれている4代目吉田 幸央さん、吉田るみこさんともお話しさせていただいて、

九谷焼にかける思いやこだわりなどじんわりと感じて。
ちょっとそれも書くと長くなりそうなので、またまたこれは次回にパスしようかと。

まさか九谷焼でこんなに書けるとは思ってなかったです。
体験することを言葉にしようとするとこんなに文字数多くなるんですね。

ここから自分の伝えたいこと、感じたことをダイレクトに伝えられるように、

言葉選びのトレーニングもかけて続けていこうと思います。

お付き合いいただきありがとうございます!
それではまた次回に


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