河南省安阳・殷墟訪問と中国高鉄の乗り方−2025年

※この記事は、京都大学考古学研究会2025年度版「新歓とれんち」の予稿として執筆しているため、考古学により詳しいメンバーが書く予定の博物館や遺跡の詳細は省略している。

この記事を読むと、北京から安阳(あんよう/An Yang)への旅の様子と、2025年2月時点での中国高速鉄道の乗り方の一例がわかる(はず)。


プロローグ

「中国四千年の歴史」――数多の王朝が織りなしてきたその壮大な時間の流れのなかで、現在確認されている最古の王朝が、殷(いん・Shang)王朝である。紀元前1600年頃から紀元前1050年頃まで存在したとされるこの王朝は、長らく伝説上の存在とみなされてきた。

しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけて、王懿栄という人物が、薬用として流通していた「竜骨(動物の骨)」に文字が刻まれていることに気づいたことを契機に、いくつかの経緯を経て安阳(あんよう)周辺で本格的な遺構調査が行われることとなり、殷王朝はついに考古学的に実在が確認された。その遺構は「殷墟(いんきょ)」と呼ばれ、今では考古学・歴史愛好者の心を惹きつけてやまない、まさに聖地といえる場所となっている。

そんな聖地を我らが京大考古研会員が見逃すはずもない。今回、例によって「現地集合・現地解散、途中離脱および合流は各自の判断に委ねる」という自由の極致とも言える原則のもと総勢11人で北京旅行へ出かけたのだが、その中でも、殷墟に対して尋常ならざる熱意を抱く2名は、旅程の最終2日間をその訪問に充てることを早々に決断していた。そして、訪問前日、彼らの熱意はついに筆者にも波及する。出発の半日前、突然の誘いを受け、半ば呆気に取られながらも、気づけば同行を決めていた。

目的地は北京から直線距離にして約460km、河南省安阳(あんよう)市。古代中国の中枢を担った都市への道のりは、鉄道の便こそあれ、未知の旅路である。それでもなお、我ら3人は一泊二日の殷墟弾丸訪問を敢行した。勢いと情熱と思考の浅さが複雑に同居する中での決断であったが、終わってみれば、知的好奇心の導くままに踏み出した旅ほど心に残るものはないのだと、あらためて気づかされた二日間だった。

安阳への旅

2月20日午前7時
前夜、北京ダックの美味しさとその幸福感に包まれたまま、ホテルで夜更かしをしてしまった我々3人は、ほんの少しの仮眠を取った後、まだ寝ぼけたままスーツケースを引きずりながら、ホテル近くの北京地下鉄-清河小营桥駅へと向かった。北京西駅から乗る安阳行き高速鉄道(日本でいう新幹線)の出発予定時刻は9時10分だったが

①北京は広大なので清河小菅駅から北京西駅まで地下鉄で1時間かかる
②中国の高速鉄道は飛行機のような乗車プロセスなので、30分前には駅に着いておかないといけない

との理由で、早朝7時から出かけざるを得なかったのだ。

午前8時
幸いにも治安の良い北京地下鉄で、眠気で何度も崩れ落ちそうになりながらやっと北京西駅に着いた。標識に従って地下鉄駅から高速鉄道駅に移動するとまず待っていたのが荷物検査と改札だった。北京では地下鉄に乗るたびに空港のような荷物検査があるので、荷物検査には慣れており、ここは難なく突破。電車はTrip.comで予約していたがアプリではQRも表示されないのでどうすればいいのかと思っていたら、係員にパスポートを渡すだけで改札も通過できた。

ここが中国高鉄(というか今回体験した中国の公共系予約全般)の驚きポイント「予約はすべて身分証(パスポート)で認証」である。北京でも故宮や万里の長城、博物館など予約が必要な観光地を訪れたが、そこでもチケットなど確認されず、我々はパスポートだけで、中国の人はマイナンバーカードのようなものだけで入場できていた。要は、鉄道も観光地も、予約はすべてID番号(我々はパスポート番号)に紐づけられているので、身分証がチケット代わりに機能するのである。誰がどこからどこへ移動し、どこを訪問したか全て個人番号に紐づく恐ろしいシステムといえばそうだが、その反面、言語もままならない外国人旅行者の我々からするとオンライン予約した上でパスポートさえあれば、大抵どこへ行ってもチケット代わりになるというのは非常に便利に感じた。

さて、最初の改札を通過すると、すぐに電光掲示板が目に入る。そこで自分の乗車する列車の番号と、搭乗にあたってのゲート番号を確認する仕組みだ。そう、まるで空港のようである。我々の列車は「9番ゲート」からの出発と表示されていたため、そちらへ向かうと、やはり空港のような広大な待合スペースが広がっていた。その奥には2つ目の改札があり、そこにも電光掲示板が設置されていて、我々の列車番号とともに「待機」の表示が示されている。やがて出発時刻が近づくと、この2つ目の改札前には自然と長蛇の列ができ始める。ここで再びパスポートの確認を受け、ようやくホームへと進むことができるという流れである。

北京西駅1つ目の改札通過後のエリア
北京西駅9番ゲートの待合

1つ目の改札を抜けた先には、お土産屋や「便利店(=コンビニ)」と書かれた店が並び、軽食を買うのにも困らない。筆者はその中のひとつ、ジャッキー・チェンのイラストが看板に描かれたユニークな店で肉まんを買い、朝食代わりとした。

午前9時
いよいよ乗車時間が近づき、2つ目の改札の前には長蛇の列が出来始めていた。ここで注意なのだが、外国人旅行者は必ず一番端の係員さんがいる改札に並ぶようにしよう。というのも、先ほども述べたようにチケットの代わりに身分証が使われており、中国人の人は改札に自分のIDカードをタッチして通過していた。しかし我々外国人旅行者のIDたるパスポートはこの改札に対応していないので、係員さんにパスポートを渡して手動で認証してもらう必要があるのだ。我々はここで並ぶ列を間違えて、せっかく長い列に並んだのに、また並び直すことになってしまった。

改札を通るとやっとホームに降りることができる。そこで待っていたのは新幹線に似た外観の高速鉄道。二つ目の改札がオープンするのが発車直前なのでホームでうろうろする時間はあまりなく、すぐに列車に乗り込んだ。私の席は15号車の一番前。車両と席は予約確認のメールで確認することができる。

北京西駅のホーム

当日朝の直前予約だったこともあり、筆者の座席は他の2人とは異なる車両に割り当てられた。席の外観は新幹線に似ていたがクッションの掃除がされているようには見えず、正直汚く感じた。それでも座席前にはスーツケースを置くスペースがあったし、うたた寝できるくらいには治安も良く感じた(もちろんスリなどには気をつけるべきだろうが)。何より、「自席の汚さは前を向いている限り目に入らない」(by同行者T)のでひとまず耐え?である。

安阳へ向かうための列車の車内

安阳へ向かうあいだ、列車はいくつかの駅に停まり、そのたびに人が乗降していった。通路側に座っていた私は、乗客の動きが気になり、正直あまり眠れなかった。

乗車中、そして安阳に到着したときに改めて気づかされたのだが、この高速鉄道、驚くほど時間に正確なのだ。少なくとも、私が利用した行きと帰りの列車は、予約時に示されていた到着予定時刻に分単位でぴたりと到着した。ヨーロッパの鉄道にも何度か乗った経験があるが、この時間の正確さは、正直なところ少なからず驚かされた。

午前11時30分
列車に揺られること2時間と少し。ついに安阳に到着した。車内アナウンスは中国語と英語で行われていたが、幸いにも漢字という共通基盤を持つ我々には大きな障壁ではなく、また、中国国内ではほぼ機能不全と化すGoogleマップに代わり、現地仕様の「百度地図(Baidu Map)」が的確に現在地を示してくれたおかげで、無事に下車のタイミングを見極めることができた。終着駅でなかったこともあり、乗降客は思いのほか少ない。だが、駅舎はその規模において地方都市のものとは思えないほど巨大で、駅を出ると、テレビの経済ニュースなどでしばしば目にするような、均質で高密度なマンション群が視界を埋め尽くしていた。

安阳東駅ホーム
ホームからはマンション群が見える

ホームから階下へと降りると、乗降客の少なさに比して、やたらと広々とした空間が静かに広がっていた。空間のスケールに対して人の密度が追いついておらず、まるで早朝の美術館のような気分だ。そのまま進むとようやく改札口にたどり着く。同行者2人はチケットを同時に取っていた関係でこの改札で少し引っ掛かっていたので、まとめて予約した人たちは同時に改札へ行った方がいいかもしれない。

そのあと中国版Uberとも呼ばれるDiDiで宿泊したJames Joyce Coffitel へ向かうべく(なぜか近隣の)中国文字博物館へ向かった。ここでホテルの予約に関する注意だが、宿泊場所予約の際に条例などにより中国人のみしか宿泊できない施設を予約してしまわないように注意が必要である。同行者は一度中国人のみ宿泊できる施設を予約してしまい、予約しなおすことになった。

博物館前に到着してみると、ホテルが想像以上に離れていることが判明し、15分ほど徒歩で移動することにした。周囲には整然とした高層マンション群が立ち並び、住居の多さとは裏腹に人通りは少なく、どこか静謐な空気が漂っていた。

その道中、我々の目には新鮮に映る交通の風景が広がっていた。車両の信号遵守は徹底されているわけではなく、通行の優先権をめぐるルールも、日本とはやや異なる柔軟さを持っているようだった。特に、数多く見かけた小型の電動バイクが、横断歩道の向こう側から横一列に並んでこちらへ向かってきた時は、思わず笑ってしまった。

どのくらい人が住んでいるのかわからないマンション群
低層階は銀行や学習塾の広告が多かった
横断歩道(車もたまに信号無視する)

ホテルでは、外国人が来るのは珍しいようで、フロントの人もあたふたしながら対応してくれたが、パスポートと翻訳アプリを使って問題なくチェックインすることができた。この時は部屋には入らず荷物だけ預けて、早速観光地に向かうことにした。

博物館・公安・ゴネ負け

さて、地下鉄の整備されていないこの街において、どのように移動するかは旅行者にとって重要な課題である。現地では、小型の電動バイクが日常の足として広く利用されており、交通の流れに自然に溶け込んでいる様子は印象的だった。ただ、外国人旅行者としての制約もあり、我々はより現実的な手段として、配車アプリ「DiDi」を使うことにした。

DiDiは、中国語に不慣れな我々にとって非常に心強い存在である。アプリ上で行き先の設定から支払いまで完了し、対面での会話を最小限に抑えつつスムーズに移動できる仕組みは、慣れない土地での行動範囲を大きく広げてくれた。

滞在中に何度もDiDiを利用したが、その中で、運転手の方々の髪型に共通する雰囲気があることに気づいた。角刈りである。ほぼ全ての運転手さんが角刈りだった。流行っているのだろうか。そうした何気ない観察も、旅の楽しみの一つかもしれない。

午後1時
最初の目的地は、殷墟博物館だ。
DiDiから降りるとすぐに、青銅器モチーフの巨大な博物館が見えてくる。

見よ! この偉大な博物館を!!!
人の大きさと比べると一目瞭然な巨大さ

事前に得ていた情報では、「チケットは無料らしい」との話だったが、実際にエントランスまで進んでみると、そんな甘い話はなく、きちんとチケットの提示を求められた。荷物検査もあり、入口には公安の職員が配置されていた。

そのうちの1人は、我々がチケットを所持していないことに気づくと、すぐさまオンラインでの購入方法を丁寧に案内してくれた。通信環境が不安定でエラーが出た際にも、別の手段を提案してくれるなど、親身な対応をしてもらえ、無事に入館することができた。言葉が通じなくとも、まごころが伝わる瞬間だった。

この公安の方だけでなく、今回の旅を通じて出会った多くの人々が非常に親切で、印象に残っている。たとえば、北京の地下鉄に乗っていた際には、近くに座っていた方から声をかけられ、翻訳アプリを介して軽い会話が生まれた。文化や言語の違いを越えて、見知らぬ旅行者に自然に話しかけるその姿勢には、どこか温かい寛容さとフレンドリーさを感じた。この「フレンドリーさ」に関して言えば、日本との違いはなかなかに大きく、その差は、あえて喩えるならば、南欧とその他欧州くらい違うように思う。

展示内容の詳細については、同行者が別の記事で詳しく記してくれるはずなのでここでは譲るが、とにかく規模・内容ともに圧倒的であった。殷墟がいかなる遺跡であり、殷という文明がいかなる社会構造を持っていたのか、政治・宗教・生活文化に至るまで、丁寧かつ網羅的に紹介されていた。これほどまでに体系的で豊富な展示の考古学博物館は、日本国内ではなかなか見当たらないかもしれない。ここへ来れただけで十分訪問の意義があった。

キャプションは中国語が中心であったが、翻訳アプリを使えば大きな支障はなく、内容の理解に十分役立った。殷墟で出土した世界最大の青銅器は、北京の中国国家博物館に展示されているため、そちらも併せて訪れると、理解がより立体的になるだろう。

エントランスホール
展示室

展示内容にあまり関係のない部分で言うことがあるとすれば、予算余りルームと、甲骨文字ラテ、そして伝説のカードゲーム「甲骨文字 対対対」だろう。

予算余りルームとは、その名の通り、明らかに予算が余ったとしか思えないような巨大で、あまり意味のない全面ディスプレイの部屋だ。このような部屋がこの博物館には複数あり、巨大公共事業に伴う虚無を体感した。

予算余りルーム

次に、甲骨文字ラテだ。最上階にあるカフェでは、世にも珍しい甲骨文字の模様のラテが販売されていた。なんの文字だったかは忘れてしまったが何かの動物を表す甲骨文字だったと思う。早朝から動き回ってちょうど疲れてきた頃だったので、脇で行われていたとても煩い内装工事の演騒に耳を傾けつつ、優雅なカフェタイムを送ることができた。店員さんの接客もとても丁寧だった。

甲骨文字ラテ

最後に紹介したいのが、「甲骨文字 対対対」というカードゲームである。博物館内の書店コーナーで、考古学専攻の同行者が書籍に没頭している間、手持ち無沙汰だった私がふと手に取ったのがこの商品だった。甲骨文字をモチーフにしているという点にひかれ、詳細をよく確認しないまま購入したのだが、ホテルに戻ってから、その真価が明らかになった。

3人でベッド2台という宿の事情から生じた“寝床の配分問題”を決するべく、このカードゲームを試してみたところ、内容は実にシンプル――同じ甲骨文字の書かれたカードを探し出す、表向きの神経衰弱のような構成だった。要するに、文字に親しむための初歩的な教材であり、対象年齢は明らかに我々よりずっと若い。

よくよく箱の説明を読むと、現地の幼児が漢字文化に親しむための教育用玩具であることが判明した。教育玩具としてはよくできているのだろうが、いざ遊んでみると、そのあまりの単純さに拍子抜けしてしまった。とはいえ、早朝から動き回りもはや頭の働いていない大人3人が、ベッドを賭けて真剣に取り組むには、逆にちょうどよかったのかもしれない。

オラクル・マッチング!
プレイ風景

午後4時半
いろいろとあったが、ともかく、殷墟博物館の展示が予想以上に充実していたため、予定を大幅に超えて滞在してしまい、次の目的地である宮殿遺跡へと向かう出発が遅れてしまった。宮殿遺跡の最終入場は午後5時。駆け足で向かったものの、チケットカウンターに到着したのは、まさかの午後4時55分。

急いでカウンターのある建物に入り、係員のお姉さんと目があったその時、お姉さんは、無情にもカウンターのカーテンを閉めてチケットカウンターを閉じようとしたのである。

いやいやいや。そんなことはさせるまい。

まさに閉店作業に入ろうとするその手を止めるべく、我々は即座にカウンターへ詰め寄る。公式の締切は午後5時。それまでに、なんとしても説得してチケットを手に入れなければならない。

交渉に残された猶予は、数分。翻訳アプリを立ち上げている暇などない。そう思っていた時、向こうが時刻を我々に示すために紙に時間を書いて示してきた。そう、まさに今こそ、漢字文化圏の底力を発揮する時である!

かくして、魂の筆談が始まった…!!!

僕「入可?」
係員のお姉さん「明日」
僕「明日朝帰早」

実際の写真

このような調子で筆談で交渉を進めた。このままはぐらかされて午後5時になってしまっては向こうにチケットカウンターを閉じる正当性を与えてしまい時間切れになる。そんな緊張感に追われながら粘るが、向こうは16時58分が最終入場だとかふざけた主張をするばかりで、ついに午後5時を迎え、我々は敗北してしまった。そう、ゴネ負けしたのである。無念なことに我々はここまできて殷墟のメインの遺跡に入ることが叶わなかったのである。

泣く泣くカウンターを去った我々は、落ち込みつつ遺跡の入り口の門で写真を撮った。しかし脱力感に浸る間もなく挙動のおかしい夫婦がしつこく話しかけてくる事態に遭遇し、へとへとになりながら近くの公園へと離脱した。

遺跡の入り口

まだ日が高かったため、公園内をしばし散策していたところ、思わず目を奪われる場面に出くわした。中型の野良と思しき犬が、近くにいた小型犬のペットを追いかけ、攻撃するような仕草を見せていたのである。小型犬の飼い主はすぐさまその犬を抱き上げたのだが、その直後、なぜかその自分のペットの小型犬に対して手を振り下ろす姿があり、かなり混乱した。さらに、その中型犬はどこからともなく現れた年配の男性によって、原付バイクの足元のスペースにひょいと乗せられ、そのままどこかへ連れて行かれた(原付に中型犬が乗っているのはなんとも面白いビジュアルなのだ)。

公園

すでに疲労困憊な我々、博物館や遺跡はもう閉まってしまったので、一度ホテルに帰って休んでから夜ご飯を食べに行くことに決め、DiDiでホテルに帰った。

覚醒する街とHome Town

午後6時
お昼にチェックインした際には荷物を預けただけだったので、ここで初めて部屋へ案内される。2階と3階のボタンが反応しない謎のエレベーターに乗って6階の部屋へ向かうと、とても綺麗な部屋がそこで待っていた。これが3人で8000円なら十分お値打ちだろう。

ふかふかのベッド
シャワーはシルエットが透ける以外は完璧

「甲骨文字対対対」などをしながら休んでいると、急に外から爆竹のような音が聞こえてきた。一体何が起きたのかと、ふと窓の外に目をやると、何やら隣のブロックの大通りがキラキラと輝いているではないか。お昼着いた時はゴーストタウンのように見えたこの街だったが、一体どうしたのだろう…と不思議に思いつつ、暗くなってきたので、夕食を求めて繁華街らしき場所へ向かうことにした。これは仮説だが、この安阳という街はベッドタウンなのではないだろうか。昼は別の街にみんな働きに出ているので住居の量に対して人が少なく見えたが、夜になると住民が戻ってきて活気付いたのかもしれない。

そんな考察を巡らせながらDiDiで繁華街の北大街へ向かう。ちなみにこの繁華街がどこかを調べたのも中国版インスタグラムのRednoteを駆使したおかげである。街の名前や、それに「旅遊攻略」とつけて検索をすると質の高い中国国内の情報が出てくる。それだけでなく、単純に流れてくる投稿の内容が面白く、インスタグラムよりもステマ垢なども少ないため精神衛生にもよく、それなりに楽しいSNSだ。これもひとえに、漢字の意味から中国語の投稿の意味がなんとなくわかる文化圏で育った恩恵である。DiDi、百度地図、Alipay、Wechat Pay、Rednoteは中国旅行に欠かせない五種の神器だろう。

ホテルを出て、またしても角刈りの運転手のDiDiに乗ること十数分、北大街に着いた。タクシーを降りると爆音の中華EDMが耳に飛び込み、ギラギラのネオンが目を刺激する。安阳の中心的繁華街、北大街へようこそ。

北大街の入り口

駐車場のようなエリアを抜けると歩行者天国?の目抜き通りに入る。歩行者天国に「?」がついているのは屋台なども出ていて人で賑わっていて明らかに歩行者天国の雰囲気なのに、その雑踏の隙間をフードデリバリーなどのバイクが爆速で通行しているからだ。本当に危ない。でもカオスな感じで好きだ。屋台で食べ歩きするのも良かったが、(考えすぎだろうが)衛生環境が少し気になったので、少し散策してからレストランに入ろうということになった。

写真だと人が少なそうだが、実際はとても賑わっていた。
程よい賑わい
ランドマークっぽい鐘楼
バイクはどこでも走っている

この街において、日本人は――いや、おそらく外国人そのものが――自分たちだけなのかもしれない。そんな淡い確信とともに、どこか高揚感にも似た特別な気持ちに包まれながら、足取り軽く通りを歩いていく。とにかく物価が安いので、ここで靴を買っていけば良いのでは、と話して、靴屋に寄って高価な靴の迎撃を受け退散したり、突進してくるバイクにはしゃいだり、爆音EDMに合わせて踊ったり、子供がバイクを運転している衝撃の光景を見て中国の運転免許解禁年齢を調べたり(普通に違法だった)、とにかく目まぐるしく楽しい夜だった。

少しそれた場所にある、再開発頑張ったみたいなエリア

午後8時
歩みも次第に鈍り始めたころ、北大街のはずれにある火鍋屋を見つけ、そこへ入るに至った。何しろここへくる外国人は相当珍いだろうこともあって店員さんは、初め僕らを中国の人かと思って応対していたが、コイツら何も分かってねえなと悟ってからは翻訳アプリを使って丁寧に注文の仕方などを教えてくれた。何げにこの日初めてのまともな食事である。

食事の様子

コーラの大きなボトル1本という豪快なドリンク注文。牛や羊などの薄切肉。非常に美味しく充実した火鍋で、料金もかなり安かった。野菜を頼んだのを忘れていて、最後の10分くらいはずっと辛い白菜だけ食べる地獄の時間が続いたのはご愛嬌。

牛肉。30秒しゃぶしゃぶするみたい。

お腹いっぱい食べ、もう帰りたいとなったので、DiDiを呼びホテルに帰った。早朝からたくさん動き、最後にたくさん食べて、あとはシャワーを浴びて寝るだけだ。

翌朝に北京へ帰ったので、この旅行記も終わりに近づいているが、ここで「Home Town」を紹介したい。Home Townとは安阳で我々が止まっていたホテルの向かいにあったファミマに似ているコンビニ(中国では便利店)である。

そうここが"Home Town"
おでんも売っていた

ホテルの本当にすぐ近くにあったのでこの日の夕方、数時間のうちに3、4回ほど立ち寄ったのだが、レジで会計をしている時に店員のお姉さんに翻訳アプリで「日本から来たの?」と聞かれ、同行者がなぜかWechatの連絡先を交換することになった。ここで交換してどうするんだ、というのはともかく、繰り返しになるが、このフレンドリーさこそが今回の旅行で感じた中国の良さの一つだ。

夜も更けた頃、そのお姉さんにまだシフトに入っているか聞いて、自分と同行者のうちの1人の2人で(もう1人は寝ていた)Home Townを再訪し一緒に写真を撮った。この時にはお店には店主のような人もいたのだが、シフト中のバイトを借りる勝手な申し出も快く受け入れてくれた。ここはまさしく我々の安阳における"Home Town"的存在となっていたのである。

店員さんと写真

このHome Town再訪の前に真夜中のホテルのロビーで同行者と、将来がどうだとかサークルがどうだとか色々と語らい合ったのもいい思い出だ。全て終わったあと、部屋へ帰り、「ほんの24時間前にこの安阳訪問を決めたばかりだとは思えないくらい充実した良い日だった」と感傷と疲労と充実感に浸りながら眠りについた。

さらば安阳

午前6時
翌日、朝9時ごろ発の高速鉄道で北京に戻り、その日の午後の便で帰国する予定だったため、ほとんど眠らないまま、早朝6時に目を覚ますことになった。慌ただしく荷物をまとめ、急いでチェックアウトを済ませたのち、駅へ向かうためにDiDiを呼ぶ。

2月の朝ということもあり外はひんやりとしていたが、それでもどこか凛とした空気が心地よく、冬の早朝特有の澄んだ冷気は、やはりどこにいても気持ちの良いものだと感じたのをよく覚えている。

早朝
早朝
早朝

数十分DiDi揺られると、前日到着した安阳東駅に戻ってくる。巨大なエントランスから入ると、前日と同じ搭乗の手続きに入ることになる。

安阳東駅の威厳ある姿

来た時と同じように、まず飛行機でいうところのチェックインに当たるパスポートチェックと荷物検査があり、そのあとはゲート前で搭乗時間まで待つ。搭乗する列車の案内があるとゲートへ向かいパスポートを見せて搭乗できる。例によってパスポートに全て紐づいているので、チケットを見せる場面は一切ないが、この時の予約もTrip.comで行った。

ゲートで待つ人々

1つ前の列車の呼びかけの際に間違えて並んでしまい係の人に優しく(本当に優しく)「君の順番はまだだよ」と諭されるなどしたが、何はともあれ、帰りもしっかりと分単位で正確な運行の高鉄に乗り、無事北京へと帰ることができた。北京に帰着後、同行者はすぐに空港へと向かったが、私は一足だけ旅を引き延ばすように、街に立ち寄ってジャスミン茶の茶葉を買い求めてから空港へと向かった。

結局のところ、安阳にはおよそ24時間しか滞在しなかったのだが、その短さを感じさせないほどに濃密で、充実した時間を過ごすことができた。治安の良さは言うまでもなく、北京とはまた異なる雑然とした街の空気や、どこか曖昧でグレーな雰囲気のなかにも、人々のあたたかさが確かに息づいていた。北京では出会うことのなかった風景と気配、そして変わらず親切に接してくれた現地の人々とのやりとりが、この旅をより意味あるものにしてくれたように思う。

エピローグ

この記事の冒頭――安阳へ行くのに高鉄へ乗った場面――だけは、旅を終えて間もないうちに書き留めていたが、その他の部分は、旅を終えてからおよそ2ヶ月後に綴っている。にもかかわらず、当時の出来事や情景がすぐに蘇り、いかに内容の濃い2日間であったかをあらためて実感させられた。

初めての中国旅行。正直なところ、出発前は想像が追いつかず、不安や戸惑いもあったが、実際に訪れてみると、期待していた以上に魅力的な場所と、温かい人々との出会いに恵まれた。確かに、行ったことのない場所に対しては、それぞれ勝手なイメージを抱いてしまうものだが、やはり現地に足を運び、自らの目で見て、肌で感じること以上に確かな経験はない――そのことを、この旅が教えてくれたように思う。

大仰だが、旅はやはり、自分の輪郭を少しだけ変えてくれるのかもしれない。

最後に、この北京旅行を企画してくれた友人、そして安阳への訪問に誘ってくれた二人に、心からの感謝を述べて締めくくりたい。本当に、ありがとう。

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