【政治経済批評】ゾンビ財務省 対 闘う言論人〜プライマリー・バランス亡者とYouTube戦士たちの終わりなきバトルロイヤル、そして居酒屋でイモ焼酎を飲むおっさんの嘆き。
あいつらは吸血鬼だ。いや、ゾンビだ。違う、連中は東大法学部を出て、財務官僚に成り上がり、40歳で国家を動かし、予算を喰いつくすカネの亡者たちなのだ。そもそもあの背広が恐ろしい。国家権力が織り込まれた超高密度の魔法繊維でできた、官僚用バトルスーツなのだ。内ポケットには当然のように、計算尺、プライマリーバランス(PB)表、そして自分たちだけが持っている唯一絶対の正義が詰まっている。財務省の連中なのだ。東大法学部から官僚になり、40歳にして国家予算を動かす男たち。人事も、予算も、メディアも、その気になれば天気すら操れる無表情なAIプリーストたちの黒い司祭団だ。ああいう集団ができちゃうんですねぇ、官僚機構というものはつくづく恐ろしい。
そもそも財務省ってどんな仕事をやってんの?
かれらは日本のカネの動きのあらゆる動きをコントロールしていて、絶大な権限を持っている。まず、かれらは毎年、日本政府の予算案(カネの配分と使い道)を作成する。これにあたっては、各省庁から提出される予算要求を取りまとめて、優先順位を調整し、最終的な「国家予算案」として国会に提出する。ここで重要になるのが、例のプライマリー・バランスであり、歳入と歳出、つまり税収/公共事業、教育、社会保障などの配分を決める。
これとともに、かれらはどうやって国民からカネを取るかを思案し、所得税、法人税、消費税などの計画を立案し、この計画を子飼いの政治家に手渡し、実施させる。財務省は計画し、子分の国税庁が税金の取り立てという汚れ仕事を担当する。
しかも財務省は日本のカネ勘定をすべて管轄する、財政赤字(支出が収入を上回る状態)をどう管理するか。国債(国の借金)の発行と管理を行う。そして財政健全化のための中長期的な政策、すなわちプライマリーバランスの黒字化を追い求める。この魔法の呪文、プライマリー・バランスについては後述します。
かれらは金融政策の枠組みづくりに関与する。対ドル円レートを見ながら、為替相場に介入する。そのうえ、財務省の中には「関税局」という部門があって、関税の制度設計や貿易の監視を担当。国際的な経済連携(FTAやEPAなど)にも関与する。国際通貨基金(IMF)や世界銀行などと調整もすれば出資もする。
つまりかれらはニッポンのカネのすべての制度管理をしているのだ。かれらがもっとも重要視するもの、それがプライマリー・バランスである。PBとは国や地方自治体の財政健全性を評価する指標のひとつで、政府の税収と支出のバランスを見るものである。カネを稼がなければカネを使えない。これを庶民レヴェルで言うならばしっかり働いて稼いで、先行き不安定なときは無駄遣いをやめろという平凡な指標である。しかし、財務省はこれを悪用する。おまえら国民はしっかり働いておれたちに貢げ。どんなときであろうと支出は抑えるだけ抑える。かれらは国民に呪いの言葉をかける、おまえら忘れんなよ、財務省は国民のためにあるわけじゃない、おれたち輝く財務省のために存在するのだ。いいか、おまえら、日本が財務省王朝であることを忘れんな。
日本の官僚機構と政治は、日本どくとくに奇妙だ。あまりにも旧大蔵省~現・財務省に権力が集中している。ほんとうの政治は政治家ではなく、かれら官僚がおこなっていると言っても過言ではない。財務省にとっては、首相なんていつでも取り換えられるのだ。しかも連中は文書改竄さえも平気でやってのける。なお、以下は推定ながら、かれらの年収は事務次官でさえも月給100万円ちょい、賞与込みで年収2000万円ていどであるところがまた日本らしい。いくら退官後に天下りが約束されているとはいえ、(ぼくの年収よりは遥かに高いとはいえ、しかし)、国家予算を自由自在に操る悪魔の如きかれらがたったそのていどの年収なのである。しかし、かれらはヤクザまがいの横暴を公然と行使することでかれらのナルシシズムを満足させているのである。
諸外国と比較してみよう。アメリカの場合、トランプは大量に官僚の首を切った。政治家と官僚の権力配分が日本と逆なのだ。しかも議会が強く、官僚が暴走することはできない。
イギリスは日本同様、政権と官僚は分離していて、政権が変わろうとも官僚は知ったこっちゃない。イギリス財務省(HM Treasury)も強力だとはいえ、けっして日本のように平然と政治家の首をすげ替えたりはできない。
ある意味では日本の官僚機構は、中国共産党が人民を絶対支配していて、その決定機構がきわめて不透明であることに似ている。もっとも、財務省は
否定するだろう、「われわれは賄賂も取らないし、共産党のように縁故採用などできない。われわれが行使しているのは、公文書の部分的墨塗りと、せいぜい忖度の要求くらいのものだ。」いいえ、かれらがそんな正直なことを言うはずもないけれど。
2012年、アベノミクスの火遊び
このドラマは2012年にはじまる。この年、ファンファーレとともに現れた男——安倍晋三。かれは3本の矢を持って現れた、その矢は「金融緩和! 財政出動! 成長戦略!」である。
財務省のスーツ男たちは呆れた、「なんだあの成城学園出のぼんぼんがこれ見よがしに振りかざすキンキラキンの3本の矢は!? 火遊びでもするつもりかよ!?」
いや、スーツ男たちがそんな下品な本音を漏らすはずがない。かれらはただ咳払いをしただけだった。ところがこの咳払いだけで、あわてて日経新聞の社説はわめきだす、「いまこそ財政規律が必要なんだ。「財政規律が必要なのだ。このままでは国債が暴落してあいまうではないか!」」これはいったいどういう心霊現象だろうか?
2014年、増税の聖典、ついに発動
消費税は1989年4月に導入され3%、
1997年4月に5%になり、
2014年10月に8%になった。
経済学者たちはギョッとし眉間に皺を入れ叫んだ、「ちょっと待て、これ以上景気を冷え込ませてどうすんだ!?? 日本、死ぬぞ!」
しかし、財務省のトー大エリートたちは神の如き冷静さで言い放った、
「これはすでにわたしたちが熟考の結果、決めたことですから。」
こうして経済成長という名の赤子は、ミルクを奪われた。赤ちゃんは手足をばたばたさせて泣き叫ぶ。背広男たちは悪魔の微笑を持って重ねた、「これは必要な痛みなんですよ。耐えなければいけません。わたしたちは長期的な視野を持って考えていますから。」
いったいそれはどんな未来なのか? 氷河期か?
2017年、文書改竄事件勃発
財務省の連中は決意した、
これ以上、安倍をのさばらせておくわけんきはいかない。
安倍を消せ。
これが森友学園、公文書改竄事件である。
財務官僚がしらっとした顔で起こしたのだ。
いまどき公文書を書き換えるなんて、
こんなでたらめが許されていいわけがない。
とうぜんしばらく国会は揺れ続けた。
しかし、現実は動かず、結局“滅びたのは
国家に対する信用だけだった。
2019年、増税10%に
そして消費税は10%になった。その数字は街を凍りつかせた。中小企業のオヤジは震え、主婦は寂しい財布を閉じた。だがトー大卒のスーツ男たちにためらいはない。「PB黒字化へのためなら、犠牲は惜しまない。(そもそもおれたちが犠牲者になる心配などないのだから。)」
2020年、コロナと国民の怒り
そのうえ世界にコロナが蔓延し、百貨店も飲食店も空っぽになる。
誰もが叫んだ、「助けてくれ!」
財務省のスーツ男たちは咳払いをするばかり、
「予算を使うのは慎重に。」
国民は怒った、死ね、吸血鬼、
くたばれゾンビ!
だが、とうぜんのことながら、
次々にくたばっていったのは国民だった。
しかし、このとき風が変わった。
「もう我慢できん、いまこそ財務省、カネを吐き出せ」という嵐が、
SNSとYouTubeとニコニコとTwitterから巻き起こる。
「プライマリー・バランス?
おまえらのための財政の黒字?
知るかそんなもん。 そんなことより、
おれたちを助けろ、給付金をよこせ!」
2020年10月、安倍総理は辞任した。
そして2022年7月、街頭演説中に銃弾に倒れ、命を落とした。
それは安倍氏が政治活動を再開し、再登板の噂があった時期だった。
2023年以降。闘う言論界
ここでもう我慢ができん、と吠えはじめたのが、
膵臓癌ステージ4で余命いくばくもない森永卓郎であり、
病床で『ザイム真理教』なる本を書きあげ真実を叩きつけた、
「こんなニッポンが続くわけがない。」
京大教授、経済学専攻の藤井聡は、
怒れる大阪のおっちゃん丸出しで吠えまくった。
政治家の高市早苗さんも財務省と闘う姿勢を鮮明にした。
かれらは積極財政という名の革命家たちである。
「もうこれ以上、財務省にこの国の命運を任せてはいけない。
「国民を苦しめるための黒字化になど、意味がない。
このまま財務省をのさばらせておくと、
わしらみんな死んでまうで!!!」
とうぜん国会は言論乱闘の闘技場になる。
Twitterのスペースで、ニコ生で、YouTubeで。「財務省はバカなんだ、あいつら経済のことをなんにもおわかってない!」「プライマリー・バランスを振りかざし、おまえらの私服を肥やすのはやめろ」「あいつらは日本の未来を喰いつぶしている!」怒りの声は絶えることがない。
他方、もちろんゾンビ財務省も負けてはいない。新聞紙面で“財政健全化の必要性”をささやき、講演会で「国債には限界がある」と唱える。
まるで現代の宗教戦争である。
終章:果たしてこの戦いに勝者はいるのか?
勝者などいるわけがない。
暴れまわっているのは、現実という怪物なのだ。
財務省のスーツたちは黙って数字を並べる。
積極財政の論客たちは、熱く闘う。
激しい言論バトルロイヤルこそ華々しく続くものの、
しかし、現実は動かない。
今日もどこかの居酒屋で、ひとりのおっさんが
ビールを飲みながらつぶやく。
「言論バトルロイヤルはけっこうやねんけど、けっきょくわしらの給料、いつ上がんねん? 定年後のわしの暮らしはどうなんねん。もうビールはやめや。ねえちゃんイモ焼酎、持って来て!」
ざんねんながらいまのところ官僚機構と政治は、ぼくらとほぼ無関係に動いている。ぼくらにできることは投票だけなのである。しかし、前述のとおり政治家の首など官僚がいくらでもすげ替えられるのだ。なんというブラック・ボックスだろう。そしてぼくらは途方に暮れる。
