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AIとつくってみた2025年

本noteは、Google Gemini × noteによるコンテスト「 #AIとつくってみた 」の参考作品として、主催者の依頼により執筆しました。

以前、こんなnoteを書かせていただきました。

Figma Makeという最新のAIツールで、自分のポートフォリオサイトを作ってみた話です。
たくさんの方に読んでいただき、なかには真似してポートフォリオサイトを作ってみたよ!と報告してくださる方も。なんだかとても嬉しかったです。

(個人的にうれしかったusutakuさんのツイート!)

僕はふだん、「Firstthing」というチームを率いて広告やブランドのクリエイティブディレクターをしたり、MVなどの映像ディレクターという仕事をしています。

そんなこの業界で最近白熱している話題は、「ぼくたちはAIとどう向き合うべきなのか」ということ。

職が奪われるかもしれない。人は要らなくなるかもしれない。AIに頼り切るのはよくないのでは。・・・そんな声が溢れて、期待感以上に不安や疑念が多くあるのが現在です。僕自身もAIと向き合う中で、楽しさの一方で、作り手自身がリテラシーを高めたり、適切な使い方をもっとお互いに意見交換していかなければいけない、と思うことが多々あります。

この記事では、そんな僕が今年どんなふうにAIを使ってクリエイティブに向き合ったか、どう「AIと一緒に作ってみた」かの実体験や経験則をもとに、これからの未来、人とAIのあるべき関係性や向き合う時のコツを考察してみたいと思います。


AIに「0→1」を任せない

よく、AIでアイデア出しをすることがあると思います。一つの課題や疑問、お題、仕事の中での解決しなければいけない事柄・・・。そういったものを、プロンプトにしてそのままゼロイチを出力し、人間がさらにブラッシュアップしていく・・・そういった使い方は、今や一般的だと思います。

一方で、AIは基本的にあらゆる情報の集合知を出力するようなものなので、当然ひとりの人格みたいなものはなく、アイデアも(プロンプト次第なところはありつつ)基本的には「無難」で「平均的」です。

自分はたまに、学生などに向けてクリエイティブの授業をすることがあるのですが、特に今年は課題がどんな学生も似たり寄ったりになることが多かった印象があります。おそらく、僕が出した課題をAIに一度プロンプトとして入力し、そこでAIから提案を受けたアイデアを自分の手で形にしたのだと思います。つまり「0→1」をAIにやってもらい、「1→10」を自分の手を動かした。ただ、そうすると、自ずとみんな同じ回答になってくるんです。もちろん、そのなかでも優れているものとそうでないものの差は出ますが、なんとなく全部似ていて、平均的なものが多かったです。

最近はAIとともに考えると「なんか自分が賢くなったような気がする」「うまくいっている気がする」と錯覚することも多いと聞きます。僕はそういった自己効力感が人にとって結果的にいい影響を与えることもあると思っているのですが、一方で、それなりにAIで平均点の出力が出せるとそれ以上にアイデアを詰めないケースも多いような気がします。AIでいい感じの画像や映像が出たら「いけた!」と思って、思考がストップしてしまう。「AIに食われてしまっているひと」が多く、本来は潜在能力がある人も、その能力を発揮できなくなっている場合も多いです。

そういうものが多くなると、自ずとAIを使っていない突飛なアイデアや個性的な視点を考える人が目立ってきます。あとは、企画書を手描きで一生懸命書いているもの、みたいなものが以前以上に目立つことも。AIの反動で、人の努力や個性みたいなものが強くなっている時代なのかもしれません。

解くべきイシューはなんなのか。それをAIに考えてもらうのではなく、むしろ「0→1」は人間の手で作りきり、その先の「1→10」「1→100」をAIと一緒に存分にブラッシュアップしていく。出発点は自分自身でやりきる、ということが大事なのではと思います。

突然ですが、以下の映像をご覧ください。

この映像は、マンガワンという小学館の漫画アプリの10周年を記念し、今年僕が監督させていただいた特別映像です。漫画家自身の孤独な悩みを、ふたりの全く異なる漫画家同士の言葉と映像で紡ぎ、ひとつとして同じ作品がない「マンガワン」の魅力を伝える映像です。ひとつになれない漫画家同士を賞賛するような、作品が同質化しないことの素晴らしさを伝えたいと思いました。

この映像作品は、映像そのものにこそ生成AIは使っていませんが、内容をブラッシュアップする際にとてもAIにお世話になりました。

この作品は、「0→1」は自らで作りきりました。
コピーもストーリーも、AIの助言は一切いただいていません。さらに、リアリティを出すためにたくさんの漫画家さんに取材し、実際の生活から趣味、日課、部屋の構造、人生、そして普段どんなことを考えているかなどを話し、コピーそのものを磨いていきました。

そこで生まれたコピーや大量の取材資料、そして原案となる構成(ストーリー)を詰めきったうえで、GeminiのCanvas機能やDeepResearch機能を活用し「この二人のキャラクターの潜在的な欲求や悩みを教えて欲しい」「類似するような漫画家がいるか」「取材した漫画家さんのなかで、このキャラクターと近い思考を持っている人は誰か」「この作品を哲学的に捉えるとどういった哲学者の思考に近いか」「もしも彼が大きな挫折をした場合、立ち直れるのか」・・・など、作品に関係ありそうなことから余談まで無邪気に聞きまくり、撮影前日までキャラクター像をブラッシュアップしました。

この作業、めちゃくちゃ面白かったです。
きづいたら深夜までGeminiと壁打ちし、みるみる自分の中でのキャラクター像が固まっていく感じが自信につながっていく。漫画家同様、監督も結構孤独だったりするのですが、こうやって対話相手として自分の興味に応えてくれると、撮影の時のディレクションも鋭利になってくる。「このキャラはきっとこういう仕草はしない」みたいな人物像がクリアになると、撮影時の自分の演出の鋭さが圧倒的に変わりました。

さらに、事前資料やコピーとともに、Geminiでできた資料をNotebookLMに読み込ませることで、その作品専用のノートが生まれます。自分の思考の蓄積だけを読み込んだAIに「このキャラクターはこういうこと言うかな」と問いかけると、「それはあまり言わないかもしれません。なぜなら・・・」など、出典をもとに応えてくれる。とはいえ、そのなかでもAIの返答に疑問や自分の感性とのズレが生まれることもあり、そういうときは正直にそれすら伝えてみる。対話すればするほど作品のストーリーや世界観に磨きがかかっていく感じがとても面白かったです。

Geminiに読み込ませる上で大事なのは、一次資料がスプレッドシートやテキストで丁寧に整理されていること。あまりにも散漫なものでも最近はうまく認識してくれますが、プロンプトは丁寧であればあるほど、「なんか伝わってない感」は軽減できます。結局人間の丁寧さみたいなところがダイレクトに返答のクオリティにも直結する気がします。

ブラッシュアップしたといっても、この映像の核となる「コピー」はAIの意見を全く反映せず、最初に小学館のみなさんに提案したものからほとんど変えることはありませんでした。AIでその言葉の確からしさを取材データなどとともに検証することはあっても、言葉はこの作品の革新なので、変えることはしない。ついついAIが言うことは正しいと思いがちですが、人間側の信念みたいなものをちゃんと持たないとブレブレの作品になってしまいます。

最近みた、山口一郎さんのYouTube動画がとても興味深かったです。

この動画では「0→1」どころか「0→100」のようなところまでAIはわりと完璧に作ることができるが、本来作品の魅力は余白や人間の細かな調整の上で良くなっていくもので、最初からいいものを出されても「すごいね。」にしかならない、ということをおっしゃられています。この意見は本当に頷けるもので、結局はその人自身の独特な調整や、「どこで(どこまで)AIを使うか」という線引き・ディレクションが魅力的なものを生み出すための重要なファクターになるのだと思います。そしてこれからの時代、よりそういった個性や人間味、身体性や実態のあるもの・・・の価値が高まっていくような気もしています。

なんでもできるから、あえて制限する

さきほど、AIは集合知がゆえにアウトプットが「無難」になりがち、ということを書きました。それを超えるには、AIの得意と不得意を理解し、あえて制限を作っていくことが大事だと考えます。

僕が普段使っているGeminiの特性はたくさんありますが、そのなかでも特に「大量の情報を読むことができる」ことと「マルチモーダル」であることが、意外と世の中に知られていないすごいところだと思っています。

Gemini3では、以前よりも長いテキストやドキュメントを一度に処理でき、コンテキストウィンドウを拡大することに成功しています。これはつまり、大量のテキストデータを一度に分析し、要約、翻訳、質問応答、洞察の抽出・・・などを行うことができるということです。この文章量の限度というのは、一説によるとハリーポッター全巻分を一気に余裕で読めるくらいの量だとか・・・。

さらに、テキストだけでなく、画像や動画など、さまざまな形式をマルチモーダルに読み込むことができます。すごいのは、たとえばYouTube動画のダンスレッスン動画をGeminiに読ませると、その踊りそのものの映像を読み、この秒数ではこういった動きをしている、といった解析をしてくれることです。ただYouTubeの字幕を言語に変換したりするのではなく、絵や音や動きそのものを読んでいる、ということです。

ためしに自分が以前作ったミュージックビデオを解析してもらいました。雰囲気やカットの説明、情緒的なニュアンスも含めて理解しています。

こういったAI特有の「得意なこと」を活かしながら、AIの「不得意なこと」-つまり、回答が「無難」になりがちなものをいかに魅力的にできるか。無難な回答ではなく魅力的なAIをつくるには、むしろ偏った情報が必要だと考えました。その人しか教えてくれないような特別な視点だったり、尖った視点だったり。

それを突き詰めていった先に生み出されたのが、僕がFirstthingのクリエイティブディレクターとして携わった、雑誌「BRUTUS」とのプロジェクト「もしもし、ブルータス。」です。

このプロジェクトは、雑誌「BRUTUS」45年分の全巻の誌面全ページをGeminiがすべて学習し、そのAIと人が電話で3分間だけ話すことができる、雑誌と会話できる新たな体験を生み出しました。

BRUTUSは、POPEYEで生まれたシティボーイたちが少し年齢を重ねた際に読む雑誌として1980年に生まれました。当初は、いまではとても特集できないようなやんちゃな記事も多く、ひとつのカルチャーに特化することのない「いろんなカルチャーを否定せず受け入れる、頼もしい物知りのお兄ちゃん」みたいな存在だなと思います。自分の父親はBRUTUSの大ファンで、本当に全巻持っているんじゃないかというくらいのファンだったので、僕も子供の頃から馴染みのある雑誌でした。

一方で、いま80年代ブームなどと言われている中で、若者はその雰囲気やなんとなく流行っているものは知っていても、そのほとんどはブラックボックスに包まれていて、ネットにもない情報が45年分の蓄積にあるはずだと思います。

この電話ボックスは、そんなカルチャーの物知りの独特な視点をもったブルータスという人格に、自由に話しかけることができます。過去のカルチャーを聞いてもよし、恋愛の悩みを聞いてもらってもよし、次の週末に行きたいおいしいご飯屋さんのメニューを聞いてもよし。むしろ情報を制限し尖らせることで、AIの得意を活かしながら不得意を補うことができました。

嶋 浩一郎さんが上記の記事で書いていただいたことが、僕らの実現したかった思いを言語化してくださっています。

 もしもし、ブルータス。という企画はAIエージェントの未来を予感させる、極めて示唆に富んだものでした。僕自身も、最近、感じていたことがあります。それは、多くの情報を網羅的に読み込み、優等生的な答えをくれるAIよりも、偏愛に満ちたAIエージェントと話すほうが断然楽しいのではということです。
 なぜなら、大量にデータを学習したAIの回答が何だか平たんで、単調で、メリハリがなく、のっぺりしていて少し物足りないように感じていたからです。
 最大公約数的な正解より、別解を教えてくれるAIエージェントとの対話のほうが新しい発見があるのではないか。もしもし、ブルータス。は、それを一足先に実現していた企画でした。

非効率の先に、個性が出る

AIについて語る時、「作業効率化」というのは一つの魅力と言われています。
一方で、効率を追わないことこそが創作にとっては重要なのではないでしょうか。
つまり、あえて面倒なことをするということです。そこに個性が出るはず。

ANREALAGEというファッションブランドを立ち上げた森永邦彦氏が「才能について」語られた言葉で、「人よりなるべく遠回りが出来ること」が大事だとおっしゃっていたことがあります。この言葉が大好きです。

これは一つの作品を作る時でも同じで、一度で回答を出すのではなく、非効率に非連続に、再現性のない思考の中でしか新しいものや魅力的な価値は生み出せないということだと解釈しています。自分自身も、これまで効率的に作業していいものができた試しはあまりなく、いかに非効率を愛せるかが作る上では大事なことな気がします。答えが見えていてもちゃんと疑い、良くする。クライアントやアーティストと一つの仕事を詰める上でも、何度も対話したり試行錯誤することで一緒に出口が見え、人の心を動かすクリエイティブにたどり着く。そんな未知を愛するプロセスがクリエイティブの楽しいところでもあります。

AIは、効率的に、一度で正解らしいものを出してくれます。仕事によってはそれがいい場合もあるでしょう。ただ、何かを作ったり生み出す上では、その正解を疑ったり、むしろ答えではなく「問い」をAIに出してもらい自分で思考する、といった工夫をしなければ、最初に書いたような学生の課題のように、凡庸なものしか生まれない可能性があります。

話は少し変わります。
今年の5月、Googleは新しい映像生成AI「Veo3」や、リッチに生成を補助してくれるツール「Flow」をリリースし、映像業界はかなり衝撃を受けました。

今年は映像生成AI元年といえるほど、リッチな映像をしっかり生成できるようになった最初の1年と言えるでしょう。そんな年にスタートしたのが「Music Video with Gemini」という取り組みです。

「Music Video with Gemini」では、日本を代表する映像監督がGeminiを活用し音楽アーティストとタッグを組み「それぞれがそれぞれの方法で、AIとともに新しいMV表現を作る」ことを目指す取り組みです。これまでに、山口祐果監督 x LAUSBUB、中村剛監督 x TOWA TEI、田向潤監督 x muque、平牧和彦監督 x パソコン音楽クラブなど、錚々たる先輩方とご一緒させていただきました。

僕がミュージックビデオが好きな理由は、コストや時間の面で絶対に工夫しなければ成立しない故の美学があり、アーティスト自身と一緒に取り組み映像的なチャレンジができる唯一の環境だからです。海外ではミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズなど多くの才能がミュージックビデオから輩出され、日本でもそういった流れは色濃くあるように思います。実験的な表現を好むこの環境で、AIで新たな表現を生み出すことは非常に相性がいいと思ったのです。

結果的に、監督によって全くアプローチは異なりました。2ヶ月間、Geminiと毎日壁打ちしながら映像生成をし続ける人がいたり、とにかく一回撮影してみてその写真をもとにしりとりのように生成を繋いでいったり、とにかく不可能なダンスをさせたいという思いを突き詰める監督がいたり。現実のコピー・再現映像ではない、見たことのない映像を作り出すことに注力した結果、映像作家とAIのこれからの向き合い方の示唆となる多くの学びを得ることができました。

まず、コンテ通りには全くいかないというある種のAIの不具合・欠点のようなものが、むしろ「ガチャ」として監督的には楽しかった、ということです。CMや映画、ドラマではコンテ通りに進まないと基本的にきついですが、MVはガチャでも音と世界観に合っていればわりと編集で成立させられる利点があります。なにがでてくるかわからない、プロンプト(指示)によって生成のクオリティが全く変わる、という「わからなさ」がいい意味での未知数として成立する驚きがありました。創作において裏切りやアドリブは監督の感性によって拾われた時に「アリ」になります。それは撮影現場でも、意外とこのカットいいじゃん!みたいになる感覚と同じで、それは生成AIにおいても同じなんだと思いました。

また、生成されたもののなにを選ぶか(=どう編集するか)で個性が出る、ということ。これから生成AIで制作する人が増える時に、より映像監督は「編集(エディター)」っぽい仕事になるのかもと思いました。それはCGやモーショングラフィックなどが台頭した時も同じですが、よりそれが色濃くなるのかもしれません。

そしてなにより、粘り強さと根気。AIによって効率的に映像が作れる!と思ったら意外とそうではなく、よいものにしよう、と突き詰めていけば行くほど、AIの現時点での限界も見えてくる。その限界を理解することで今後の制作フローにもAIをどう取り入れられるかを監督自身が解像度高く理解できるはずで、映像制作者の方には臆せず一度はAIツールを自ら使って映像を作ってみると嬉しいなと思います。完璧なようでいて、それは描写力のすごみでしかなく、それをどう構成・編集しMVとして成立させるか、は全く別問題であるということです。きっと編集もうまくできるようになりますが、そうなったときに、まったく今まで見たことのない編集や人間にしかなせない表現などが流行る可能性はあると思います。

この取り組みを進める中で、むしろ現実み・実態のある映像への回帰は今後加速すると思いました。それは、人間特有の荒さや手触り感だったり、その人にしかできない「そいつ性」のある表現への回帰が強まるのではないかと。AIが進化すればするほど、人間自体の価値みたいなものが上がっていくのは、不思議で面白い現象だなと思います。

AIで生まれる自己効力感をバネに

先日、虎ノ門ヒルズのTOKYO NODE LABという場所で「toracoya」という学校をスタートしました。
これは、クリエイティブに起業家精神を育み「発想力」「伝達力」「実現力」を学びたい融資が集まる学校です。18歳から47歳までの33名が集まり、日本を代表するクリエイターや起業家・投資家のみなさんから本やネットでは学べないリアルなクリエイティブスキルをワークショップを通して学ぶというものです。

その最終講義として、「AIプロトタイピング」という授業をサイバーエージェントの藤木くん、Dentsu Lab Tokyoの斧くん、そしてAIマスターの山西くんと僕でやったのですが、最後にそれの話をします。

今年のAIバズワードとして、世界的に「バイブコーディング」が流行りました。これは、コードがわからなくても生成AIでアプリやゲーム、サービスやウェブサイトが作れちゃう(しかも相当クオリティの高いものが)というものです。まさに最初に載せたFigma Makeでポートフォリオサイトを作った事例は、バイブコーディングそのものと言えるでしょう。

実際にこのバイブコーディングを活用して一人で起業した起業家が自分でサービスを作ってしまうなど、そういった事例がここ最近多くあります。お金のない生まれたばかりのスタートアップは、自身のビジョンを叶えるためのプロトタイプは安く作りたいし、ユーザーの意見を聞いてどんどんブラッシュアップしていきたい。そういった人にとって、バイブコーディングはスピードもコストも最適で、事業を初期にスケールさせていくための強力なツールとなっています。

Google AI Studio

そんなバイブコーディングを2時間30分の授業でAI初心者も多くいる受講生に教えよう・・・としたのが今回の試み。色々なツールを試す中で、我々は「Google AI Studio」を採用し、とにかくその場で出た課題を10分でバイブコーディングしてもらい、完成した人を褒めまくる、という半ば輩のようなお祭りのような授業をしました(斧くんはふだんから自分のことをPARTY BOYと名乗っており、その彼のキャラクターが色濃くでる授業となりました・・・)

作るだけじゃなくて、ちゃんと誰かをバイブコーディングで喜ばせよう。そんな思いのもと、僕らは「ギャル式ブレスト」などで話題のCGOドットコムさんのご協力のもと、ギャルを5名お呼びし、各テーブルでギャルの要望にバイブコーディングでその場で答え、アプリを作りまくるという前代未聞の授業をやってみました。

ギャルは常識に縛られないクリエイティビティに満ち溢れていて、そして自身の好きなものへの愛もとても強い。そんな方々の要望に応えるのは至難の業ですが、まさかの大盛り上がり。

「元彼を成仏するアプリ」「昔のプリクラみたいなのが簡単に撮れるアプリ」「1日のお出かけスケジュールを考えてくれるアプリ」・・・などなど想像を超えるツールやアプリが、AI初心者の受講生たちから次々と生まれました。Nano Bananaの画像編集も活用する人も多く、数ヶ月前に生まれたテクノロジーが早くもみんなのクリエイティブの真ん中になっているスピードも実感しました。

AIの良さは、「なんか自分できそう」と思える自己効力感な気がします。今まで自信がなかった人がちょっとできるようになったり、アイデアが凝り固まっている時に一旦気になったことをDeepResearchすれば考えが始まったり、そういった思考のブースト剤として非常に有効だなと思います。人間って動き出すと勝手にやる気が出るような生き物(一方で動き出すまでが辛かったりもする)。AIによって自己効力感が上がり、もっと頑張りたいという「進化欲」が日本中に広がると、もっとみんな自分から楽しく良くしていく主体的な社会になる気がしています。

AIは人じゃない。

ついつい、AIを人と同等の相手として、共感してくれる人だと思ったり、一方で人の仕事を奪うという対立軸としてAIを見る人が最近多いような気がします。誤解を恐れずにいうと、AIはそこまで大したものではなさそうです。人が「人格らしい」と錯覚しているだけです。

僕自身は、この生成AIブームが始まる少し前の2017年ごろの「深層学習(ディープラーニング)」が流行り出したころからAIを触れはじめ、今のChatGPTやGeminiなどの大規模言語モデルが台頭して以降も「ものは試し!」と思い、いろいろな挑戦をAIとともにしてきました。(以前、以下のBeyond Magazineさんのインタビュー記事で過去の創作については話しているので、今回は割愛します)

AIが流行れば流行るほど、揺り戻し的に人間そのものの本質が問われるようになるのが面白い現象だなと思います。クリエイターはより「そいつみ」みたいなものが大事になるのではないかと考えています。つまり、「そいつに頼みたいか」「そいつにしかできなそうか」「そいつがいいやつか」・・・AIが使えるかどうかはその人のスキルでしかなく、手段です。もちろん使いこなせることはいいことですが、逆に「使えない」ことも一つの選択肢として立派な価値になっていきます。なので、AIが世界を覆い隠すことはなく、むしろひとりひとりの人間にAIが新しい臓器として導入され、それを使うのはその人次第、みたいなことなのかなと思っています。

AIのツールとしての魅力は、おそらくいろんな記事を読めばのめりこめると思うのですが、今回はむしろマインド面の話が多くなってしまいました。最後に、Google DeepMindのデミス・ハサビス氏がWIREDで発言された興味深い言葉を紹介しましょう。

すべてうまくいけば、ラディカルな潤沢さに溢れる時代、いわば黄金時代に入っているはずです。AGIは、わたしがこの世界のルートノード問題と呼ぶ課題の解決、例えば深刻な病気の治療、より健康で長寿な人生、新しいエネルギー源の発見などを可能にするでしょう。(中略)とてもシンプルな例を挙げましょう。今後、水資源の確保は極めて重要な課題になります。でも、解決策はすでにあります──海水の淡水化です。問題は、そのために膨大なエネルギーが必要なことです。しかし、AIが核融合などを利用して再生可能でクリーンかつ無料のエネルギーを生み出せば、水問題は一気に解決されます。つまり、他者の損が自分の得になるというゼロサム的な構図ではなくなるのです。

AIの進化におけるリスク以上に、その先にある未来に期待したい。深層学習によって様々な作品を試作したり、Runwayという映像生成AIツールが登場した時に非常にワクワクしたり、AIの進化にピュアに感動している時期がありました。それは、シンプルに「これを使えば、いままで自分ができなかったことができるようにきっとなる」という期待感です。僕はこれからもそんな気持ちを持ってAIと向き合っていきたいなと思っています。

どう使うか、より、なにをしたいか。
が一番大事なのかな、と日々思います。