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6世紀の如是体

法華経の方便品第二で説かれた、十如是は仏の智慧を示す重要な部分です。6世紀に天台大師智顗は、この教えを重視しています。

私も、このnoteで、十如是について、いろいろと書いています。
十如是の実践|鈴木良実
十如是を巡る問答|鈴木良実

さて、今回は6世紀の天台大師の時代を想像して、私たちとの考え方の違いを検討しました。

十如是の3番目の「如是体」を、寺を対象に考えましょう。現在の私たちには、建造物についていろいろな知識があります。例えば、屋根などを支える柱には、どのような力がかかるかは、設計者が計算して、柱の材質や太さを選びます。こうした

技術の力

で、適切な手順を踏めば、だれが作っても、安全な建物ができています。さらに、屋根を支える梁などの構造も、いろいろな図解資料があるので、ある程度のイメージを持っています。

一方、6世紀には、物理学などを基礎にした技術は、まだありません。そこで、個人の

あるべき姿を想像し
必要な力のある木を探し
適切な加工して組み合わせる

という名人芸に依存して、物ができています。

また、建物の構造についても、出来上がった建屋に入る立場では、どのようになっているか、知ることも難しいでしょう。

このように考えると、天台大師の時代なら、その時代に存在する「寺」という建物をみて、その構造を見抜くだけでも

仏が持つ
凡人に到達できない力

だったでしょう。

しかし、私たちは、技術の力で、6世紀の人よりは、多くの物事を知っています。しかし、それらが

如是本末究竟等

という総合的な調和の上で存在することまで見て取れるでしょうか?やはり仏の智慧の偉大さを感じますね。


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