わたしが歓びを感じることに、素直になる ─
「こうしなければならない」
という真面目なわたし。
人目を氣にしているわたし。
「調和を取らないといけない」と、
無意識に自分を抑えてきたわたし。
そんな色んな“わたし”で、
純粋無垢な園ちゃんというわたしを
子どもの頃からずっと縛りつけていた。
昨晩、ふと氣づいた。
自分のこと、全然褒めてないなって。
これまで周りの人たちは
たくさん褒めて、
励ましてきた。
自分のことも「褒めよう」とはしてきた。
愛そうと色んなことをしてきた。
でも──
存在そのものをすべて深く認めて、
褒め称えられてなかった。
それにハッと氣づいた
その瞬間、
急に内側から声が湧いてきた。
「褒めろよ!」
「存在してるだけでもすごいことやろ」
「偉すぎるやろ!褒めちぎれや!」
ヤンキーみたいな口調で 笑
「がんばってるのに、
さらに追い討ちかけんなよ」
「なんなんおまえ。真面目か!」
「もうええやろ、そんな真面目」
「緩ませて、ゆるゆるになって、
もっと遊べや!」
「楽しいこと、歓びにだけ集中せぇ」
「よそのこと氣にしてる暇ないねん」
って、笑。
すると途中から、
関西弁のオカンが登場してきた ─
「あんたはな、あんたしか生きられへんのよ」
「何を人様のことまで氣にして
やろうとしてるん」
「あんたの世界なんやから、
あんたの幸せを一番に思って、感じて、
今を生きたらええねん」
「あんたは幸せになるために
生まれてきたんや」
「もうな、学ぶとか、氣づくとか、
そんな真面目にやらんでええねん」
「楽しんでな、歓んでな、自分をご機嫌にして、
今を生きてたら全部うまくいくねん」
「あんたはすごいんやで」
「ホンマにありがとうな」
「生きててくれて、存在してくれて、
それだけでオカンは十分嬉しいし、幸せや」
「それ以上のこと、
一度も望んだことあらへん」
「居てくれるだけでいいんや」
「もう、自分の歓び以外のこと
せんでええからな」
「またやろうとしたら、
遠慮なく大声出すで」
「“またやっとるでーー!!”って」
「もう大丈夫やから」
「もう我慢せんでええ」
「がんばらんでええ」
「あんたの世界なんやから、
あんたのことに集中せぇ」
「あんたの幸せにな─」
──ノート4ページ分の、
オカンの愛の言葉が溢れた。
そして今朝。
目が覚めたら、何かが外れたような
とても軽やかな感覚があった。
もう、完全に
わたしを生きていいんだ。
わたしの歓びのままに。
素直に、生きていい。
ここまでがんばってきてくれたわたし。
本当にありがとう。
大好き。
愛してる。
おかえり。
もう、ずっと一緒だ ─
わたしが歓喜に満ちていく ─
𓂃𓈒𓇬𓈒𓂃.𓂃𓈒𓇬𓈒𓂃.𓂃𓈒𓇬𓈒
I realized that I had never truly praised myself
for simply existing.
Last night, a warm, loving voice arose within me—
like an inner mother—
telling me gently but firmly:
“You don’t have to try so hard.
You don’t have to be serious anymore.
You were born to feel joy and happiness.”
Those words filled pages of my notebook
and softened something deep inside me.
This morning, I woke up feeling lighter, freer—
as if a long-held tension had finally been released.
I am allowed to live honestly,
guided by what brings me joy.
Thank you, my dear self,
for surviving, for trying, for being here.
Welcome home.
We are together now—always.
— Seika Suzuse

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