編み物をしていると本当にすぐ一日が終わる
図書館に行くたびに編み物の本を借りること半年。
夏くらいから編みたい編みたいと思っていたけど、編み物を始めるにはまだまだ整っていなかった。
タイトルにあるように、編み物はある意味恐怖なんです。
始めてしまうと終われないんです…。
ずっとそれをやっていてOK、という状況を確保しないとちょっと恐怖なんです。
今月も近所の簡易図書室でいい本を見つけました。
編むか編まないかは別として、借りますよね。
一応少しは編み物経験がありますが、ほぼ自己流だし裁縫はまっすぐ縫いだけが得意な、空間構築能力皆無な私。
編みたいけど、どうせまたどっかでしんどくなって自己流に走るんやろな、という情けない自覚もあります。
そんな私でも、これはわかりやすい!と思った本なので、とりあえず読むだけ読んでみていました。
ところが今日、ふと「このロングカーディガンの紐、編み物で作るってどう?」と閃きました。
完全家着のニットのロングカーディガン。もうボロボロで袖口は広がってるし肩部分は破れて縫ってるし、誰がみてもゴミ箱行きレベルなのです。
しかし、あったかくてお気に入りで、もう何の気も使わなくてもいいところがたまらなく着やすいのです。
そのカーディガンは前開きでボタンなどが付いてません。朝晩の寒い時なんかはスースーするので、勝手に娘の半ズボン用の紐ベルトを拝借してなんとか帯のように使っていました。
先日、うっかりこの紐巻いたカーディガン姿で外に出てしまい、近所のおじさんとバッチリ目が合うという恥ずかしめなタイミングがありました。
来客がある時は必ず紐をサッと取ってから出ているのですが、この時は本当にうっかりでした…。
いや、おじさんはそんなところに注目していないだろうけど、何とも間抜けな自分の紐カーデ姿にがっかりでした。
かといって、ちょうどいい太さ・長さ・手軽さで、完璧な紐でもあるんです。
家の中ではね。
そんなことが頭にあったからでしょう、ニットのカーディガンなんだから、ニットで紐を作ればいいのでは?と思いつくのも納得ですね。
今日は特別な用事もなく、休日は好き勝手にエクササイズとかできないから、黙々と編み物をするのにはもってこいじゃん。
朝の10時くらいからスタート。
お昼に休憩して、また13時30分くらいから17時まで、ひたすら編みました。
やはり、自分が思っていたのと違う糸処理が随所にありました。
そこはわかりやすい本のおかげで、イラっとならずにスムーズに理解して進めていけました。といっても基本のキしかやっていませんが。
閃きをすぐ実行に移すのは誰にでもあることだと思うのですが、私の場合、材料があろうとなかろうとまず閃きという部分に執着するので、材料を買ってくるとかしません。まあ、全く編針も毛糸もない、となるとまず閃かないのだと思うし、閃いた時点で「やれ」ってことだとすると、まずやるのです。
手芸部の末っ子と一緒にちょっとは編んだりしていたし、長女も編み物をしていたので基本的道具類はありました。
問題は毛糸です。
手芸部に聞くと、100均毛糸のしかも色も太さも残量もバラバラなのがいくつかあるとのこと。
「それ一旦全部使っていい?」
「え!まあいいけどー」
今ある毛糸で編むぜ。

ちょうど、ハンパ毛糸のいい整理にもなるしね。
今度はちゃんとした毛糸を買いに行こうねってことで。
まとまりがないようであるようにも見える、そんなバラバラ毛糸で私のお気に入りのボロボロカーディガン用の紐ベルトを、一日かけて編み上げました。
手指は痛いし、肩は凝るし、お尻は痺れるし、目は疲れるしな48歳。
でも楽しかったです。
計画性のない毛糸だからこそ、配色を考えながら編むのが楽しかったし、ちょっと背伸びして飾り編みをしたりなんかして、達成感も十分感じられました。
お茶を飲みながら、ドーナツを食べながら、YouTubeでお笑いを見ながら、あっという間に日が暮れていきました。
その間にも、お昼ごはんは何にしよう?晩ごはんは何にしよう?今日のストレッチはどのタイミングでしよう?と、あまり無になるということもなく、脳内はしっかりバタバタで終わりました。
そして、編み物やってる人ってどうやって体の痛みに耐えているのだろうと、単純に疑問が湧きました。
新たな視点です。
最後に、出来上がった毛糸ベルトを見て、はたしてこれは外に出ても平気なやつなのか??という新たな懸念も生まれているというのは、ここだけの話に。
