見出し画像

「誰にでも」脱毛症になるチャンスがある

脱毛症を20歳から発症し、今に至るまでいつもどこかしらハゲてます。ハゲ始めてからハゲてない期間は通算2年弱くらいでしょうかね。
大きさも期間もマチマチで結構面倒くさいやつです。

ウイッグで隠すこともあれば、帽子で隠すこともあり、「まぁいっか!」ってときは何も隠さず強風の中を歩く。

なんでハゲたの?
どうやって治したの?

そんな話です。


発症のきっかけはどう考えても「大学を留年したショックによるストレス」なのですが、どこの病院に行っても

「脱毛症とストレスの因果関係ははっきりしてないからね〜」

というお言葉。脱毛の仕組みの解説も

「白血球がなぜか毛母細胞を敵とみなして攻撃してるんだよ~」

と、いやそれ白血病とか命に関わる系でよく聞く説明やんけ。こわ。

ちなみに全く健康上は問題ありません。症状はただただ髪が抜けるだけ。ほぼ髪が抜けた時もありましたね。なつかしい。

写真ありました。ウケ。アルバムの日付を見るにだいたい5年前だそうです。

少し残っている髪がいじらしい

本当に症状がひどい方は、髪の毛どころかまつ毛やら眉毛やら、体のあらゆる毛が抜けるらしいので私は軽い方でしょう。

ストレスを数値化するのが難しいから立証できないのかな?なんて思いながら、(私は100%ストレスだと確信しているけどな!!!)と心の中で毎回叫んでいました。

ストレスだと確信している理由は「自分の中で消化できないストレスがかかった後、1か月後くらいに抜け始める」からです。

例えば、

「どう考えても間に合わない納期で仕様変更が入った」
「丸投げしてきたくせに途中から口をはさんで全てひっくり返した」
「毎日意味のない長時間ミーティングがあった」
「満員電車が無理だった」

鈴橋の脳内調べ

など。

「いやいや、この程度で髪が抜けるほどのストレスを感じていたら、社会でやっていけないんじゃないの?」と思ったそこのあなた。

はい、やっていけません。

今はフルリモートでシステム開発ではない仕事に必死にしがみついています。
ですが、ご時世が変化しているのでいつフルリモートが無くなるかわかったもんじゃありません。戦々恐々としながら今日もnoteを書いています。タスケテ。

ところが最近行った病院では

「ストレスがトリガーになって抜けやすくなってるんでしょうね~」

!!!!

ようやくこんなことを言ってくれるお医者さんに会いました。そう、そうなんですよ。どう考えてもストレスが原因で抜けているんです。


この異様に低いストレス閾値。簡単に言うと

「ド田舎にいた女子高生がTOKYOで一人暮らしを始めて分からされた」

ということです。

正確にいうと

都会のストレスに耐えうるトレーニングをしてこなかった

が正解な気がします。

車も人も自転車も、1日に5回程度すれ違うと「今日はいっぱいすれ違ったなぁ」と感じる環境でしたからね。

ストレス耐性が全くと言っていいほどなかったんです。

バイトもしておらず、家と学校の往復のみ。学校でいくつか友人はいましたが、校外で遊ぶほどの仲ではなく、寝るまでゲーム漬生活でしたから、対人関係もほとんど育っていない。

そんなコミュ障が北海道の最東端から、のこのことTOKYOのど真ん中に単身降り立ち、人や車や情報や温度や湿度や何やら今までにない密度に圧倒されました。

最初の一年はとても面白かったですよ。知らないものがいっぱいあって、経験するだけで楽しかったですね。

桜は本当に卒業シーズンに咲くんだと分かったのもこの時でした。

湿度温度にはなかなか馴染めずエアコンも初めて使うので、夏場の体調はぎりぎりをキープしていたと思います。

ちなみに現在も夏場はぎりぎりで生きています。本州にいる限り、夏場はずっとぎりぎりで生きているのでしょう。

そして魔の二年目。大学の講義のレベルが上がってきて、予習復習だけでは追い付かなくなってきました。
無駄なプライドがあり、決して他の人に聞くことはせず一人でもがいていましたね。

理解が出来ずイライラして髪を自ら抜いていました。当時は知りませんでしたが、これ、抜毛症というようです。
どれくらい抜いていたかというと、毎回、足元にちょっとした丘が出来るくらいは抜いていました。

当時はすぐに生えてきたのでこの時点では脱毛症にはなっていません。

イライラを乗り越えて試験を受けるも、内容が理解できず無事留年。
不明点を人に聞いていればまだマシだったかもしれませんね。

試験日は夏でしたか。

結果を聞いて精神面が潰れて、暑さで体調面もしんどくて、パニック障害みたいなものを発症しました。
特に病院は行かなかったので、多分そうだったんじゃないかなという程度です。

1年くらい電車に乗れなくなり、引きこもりになりました。代わりにパニック障害みたいなものは鳴りを潜めました。

1年を棒に振ったけど、どうせ留年してるしね。どうにでもなれです。

そして、ここから脱毛症生活が開幕するのです。


気付いたのは髪を後ろへ流そうとしたとき。

なんか、地肌に指がめちゃくちゃ当たるぞ?

鏡で側頭部を確認。
パッと見た感じ髪はあるけれど、髪をめくると頭皮が「コンニチハ!

おいおいマジか、と。
反対側も後ろ側も髪をめくると頭皮が挨拶してきます。

まぁでも、すぐ生えてくるだろ。と、特に治療もせず放置。
実際、初回は割とすぐに生えてきてくれました。若さか。

そして、すぐに抜けて、また生えての繰り返し生活の始まりでした。

恐ろしいことに当時はバイトをしていました。飲食のキッチンです。
と言っても、店を閉める時間帯に入ることが多く、そこまで調理するものはなかったので髪の混入はなかったと思います。

けれど髪に対して何の対策もしていきませんでした。
後頭部が表面の髪で隠れないほどハゲていたので、確実にバイト先の人に見られていたと思います。

そうと分かっていても隠しもしない私。TOKYOに毒されたので、別にこれくらい多様性だろ、みたいな意味の分からない発想でいました。

ほんと何言ってんだこいつ。


それからもちょくちょくハゲました。特に側頭部はすぐに抜けたがるので、開き直ってツーブロ風の髪型もしていました。

社会人になっても容赦なく抜けます。足元に丘ができることもしばしば。
上司から「頭大丈夫?」と聞かれたのも良い思い出です。

この辺りから、生えてくるのに時間が掛かるようになってきました。
それでも病院で治療する選択肢がない私。

抜けてる状態で婚活もしました。イカれてんのか?
その時に出会ったのが今の夫さんです。正気か?本当にありがとう。

夫さんに言われてようやく病院に通い始めました。

最初の病院は思い出したくもない。行ってすぐに

「じゃあ、注射しますか」

はあ???????いや、これすぐ頭蓋骨あるのに注射すんの?どこに液体が入んの??いたあああああああああ!!!!

容赦なく突き刺さってくる針。5,6回は刺された気がします。
頭に注射したことがある人は分かると思いますが、めっっっっちゃくちゃ痛いです。

腕の採血とは比にならない痛み。骨がすぐそばにあるのにそんなほっそい針折れないの?という恐怖。

この一回で行かなくなりましたね。痛かったので。

その後、違う病院を転々としました。
薬の影響で尋常じゃないほど肌が荒れたりもしました。

そうして今の病院に巡り合い、ようやく平和な治療に出会うことが出来ました。

最後に行ったのは今年の3月くらいですね。そろそろお世話になるのをやめたいけれど、果たしてどうなるのでしょう。


現在は平和そのものです。

平和を続けるためにはストレスを感じないような生活を送るのが一番なので、その方法を日々模索しています。

ストレス発散が一番いいらしいですが、私にとってのストレス発散は「何もせず、ぼーっとすること」なので、働いたり、育児をしている限りなかなか難しいものがあります。

なので、せめて冒頭に書いたような環境にならないように、縛りの少ない職業を求めていますね。

一時期、開き直ってストレスチェッカーとして生きていけるんじゃないか?と思った時もありました。

まあ、そんなことをしたところで、社内が改善されるわけでもなし、治療費が出るわけでもなし、即座に考えは切り捨てました。

今後、私にとってのストレスがかかる限り、脱毛症はいつでも再発するのでしょう。
脱毛自体にストレスはなく、「お~また始まったな~」レベルのため、むしろ楽しんでるところすらあります。

もし若いうちに脱毛症になってしまった人がいたら、まあ、そんなに悩まなくても大丈夫です。いつか生えてきますから。
15年以上ハゲと付き合ってる私が保証しますよ。

すぐ生やしたければ病院に行けばいいですし、髪がないということはウィッグで好きな髪形を楽しめる利点もあります。

今は令和の時代ですし、見た目で笑ってくるやつがいたら、お前の方が心ハゲてんなと思っていればいいですよ。

加齢によるハゲは受け入れましょう。
丸坊主にして日替わりウィッグでおしゃれすると楽しいですよ。



いいなと思ったら応援しよう!