「招き猫②〜呼んでる〜」
わたしの「涼鈴」という名前は本名です。
と、言っても戸籍上の本名ではありません。
生まれてすぐに「生死」を彷徨ったわたしに、
産みの親は名前をつけませんでした。
祖父が「この子は生きる」と信じ、
祖母が「涼やかに鈴のように笑う人生を」と
「涼鈴」と名付けてくれました。
そして、本家の生業である神職の補佐として、巫女を務めるときのための名前でもあります。
数年前に叔父が亡くなり、
この名前を呼んでくれる人はもういません。
これは、わたしを「すず」と呼んでくれる人がいたころの話です。
10歳のわたしは男の子に混ざって海釣りをする日々を楽しく過ごしていました。
その日も晴れた凪の海で釣り糸を垂らしていました。
隣で釣り糸を垂らす男の子が突然
「おうちに帰ったほうがいいよ。猫が呼んでる」
と、言うのです。
あまりに、真剣な顔で言うもので、意味がわからないまま本家に向かいました。
いま思えば、「おうち」が育った家ではなく「本家」と判断したのは、何故だったのかわかりません。
いつものように「ただいまー」と大きな声で言いながら縁側に向かうと、そこには本家のおばあちゃんが倒れていました。
一瞬、
眠っているようにも見えて、少しホッとして、
次の瞬間、
おばあちゃんがわたしの頬を撫でながら
「すーちゃん」と笑顔を見せてくれたのです。
そのまま、目を閉じたおばあちゃんが逝ってしまう気がして、慌てて近所の人を呼びに走りました。
おばあちゃんの息子たちは、誰も間に合わないまま……
わたしだけが、その瞬間に立ち会い、名前を呼んでもらいました。
葬儀がすんで、登校した日、
「帰ったほうがいい」
と、言ってくれた男の子にお礼を言うと
「なんの話?」
「そんなこと言った?」
と、記憶がないのです。
それ以上に不思議だったのは、他の子もわたしが、
″その日″に海釣りをしていた記憶がないのです。
わたしの記憶が間違っているのか?
彼らの記憶が間違っているのか?
確かめようのない現実だけが残りました。
海釣りをしていると、野良猫が集まります。
″その日″見慣れない白い猫がいたと、彼らが思い出したのは、それから数日後のことです。
涼鈴suzu
