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【短編小説】うなぎに恋して

オレは佐伯郁人さえきいくと。二十六歳。地球を防衛する組織の隊員だ。この星に住まう民の笑顔を守るため、日々過酷な任務に勤しんでいる。オレはこれまで仕事に対して不平不満を露わにしたことはなかった。矢印はすべて自分に向け、鍛錬を重ねてきたつもりだ。

だが、しかし・・・。

「いつまで待たせるんですか!」

気づけば電話口に向かって語気を荒げている自分がいた。スピーカーからは、弱々しい本部の人間の声が聞こえてくる。

「佐伯さんの一級試験につきましては、準備を行っている最中ですので、もう少々お待ちください」

オレは大きなため息をついた。このセリフは半年前にも聞いている。いくら温厚なオレでも流石に痺れを切らしていた。一刻も早く試験に臨みたいというのに・・・。

一級試験。それは二級隊員にのみ参加が認められる試験であり、合格した暁には、「一級隊員」という名誉を手にすることができる。さらには「願いを一つ叶えてもらえる」という特典までついている。オレが欲しいのは、名誉よりも特典の方であった。

「絶対に試験に合格して、先生の居場所を突き止めてやる」

行方をくらました師の姿を思い浮かべたオレは、「迅速に対応お願いします」と告げ、電話を切った。と、同時にこちらにかけよってくる人物がいた。その女性は、ショートスリーブの白いブラウスに黒のテーパードパンツに身を包んでいる。後輩の神崎かんざきだった。

「郁人先輩、新しい依頼です」

神崎が一枚のA4用紙を手渡してきた。そこに記されている依頼内容は、うなぎ屋の護衛、というものだった。なんでも、その店に予告状が届いたというのだ。

「『土用の丑の日の19時に、貴店のうなぎをすべて頂戴する』か・・・。愉快犯だな、きっと」

この依頼は断ろう、と神崎に告げると、彼女は大きく首を横に振った。黒髪のポニーテールがゆさゆさと揺れている。

「いえ、郁人先輩、この依頼受けましょう」

曇りのない大きな瞳がオレを真っすぐ見つめていた。彼女がここまで自分の意見を主張してくるのは、珍しかった。しかし、この依頼のどこに惹かれる要素があるのか、ともう一度依頼書を読み直す。報酬は、「うな重」とある。そこでオレはある一つの仮説に思い立った。

「お前、ひょっとしてうなぎが好物なのか」

すると、神崎は目を泳がせた。わかりやすい奴である。

「人聞きの悪い事言わないでください。それじゃあ、まるで私が任務に私情を持ち込んでいるみたいじゃないですか」

オレは「わかったから」と頭をポリポリと掻いていると、ふと、あることに気づいた。

「土用の丑の日って、今日じゃん」

しかも現在は18時に差し掛かったところで、予告状に記された19時まで刻一刻と迫っている。目的のうなぎ屋は徒歩で20分ほどなので、まあ、間に合うといえば間に合うのだが・・・。

「面倒くさいなぁ」

オレが大きな溜息をつくと、神崎が「行きますよ」と手を引っ張ってきた。

「ちょっ、待って、いたたたた。左手が疼きやがる」

オレが小さく声を上げると、神崎がハッと目を見開き、掴んでいた手を離した。オレの左腕には、古傷があり、時折こうして痛むことがある。昔、妖怪に襲われていた女子高生をかばったときにできたものだ。そう言えば、あの女子高生も今では神崎と同じくらいの年齢になっているのだろうか。とは言っても件の女子高生は、重たい前髪で目元を隠していたので、街中でばったり会っても気づかないだろう。

「その傷痛みますか?」

「いや、もう大丈夫」

神崎が心配そうにオレの顔を見てくる。理由はわからないが、彼女はオレの古傷をいつも気にかけている。優しい奴なのだ。そんな後輩に心配をかけまいと、オレは「うな重待ってろよー」と景気づけに叫んだ。

夜に染まりかけた住宅街を二人で歩いていると、やがて目的地へと辿り着いた。重厚な瓦屋根の建物が目の前にそびえ立つ。引き戸には「うなぎ」と記された、のれんがかけられており、老舗の雰囲気を感じさせた。

「よくぞ来てくださいました」

ガラガラと音を立て、柔和な笑みを浮かべた腰の低い男性が現れた。彼はこの店の店主だという。張り切った様子の神崎は「私たちに任せてください」と大きく拳を掲げている。冷静にな、と後輩を窘めると、二人して結界を張る作業に取り掛かった。建物の周囲に三層に重ねた結界を張り巡らされていく。

「よし、これで入ってこられないだろ」

準備を終えると、オレたちはそれぞれ定位置についた。二層目の結界に神崎。最終層である三層目にオレ。一層目には、オレの式神を置いている。式神はオレの数分の一の能力だが、並の敵であれば余裕で撃破できる。今回はきっと神崎とオレの出番はないだろう。

「いよいよか」

腕時計の針が約束の時間を指し示すと、予告状通りに敵はやって来た。タヌキの面を被った複数の人影が闇夜に浮かび上がる。統率された軽快な動きで一層目へと突入すると、華麗な剣技でオレの式神はあっけなく倒された。

「そんなまさか・・・」

どうやら相手はよほどの手練れのようだ。神崎が待ち構える二層目へと易々と突入していく。

「相手は強い。気を抜くな」

神崎は剣を構えた。すぐさまタヌキの面が彼女を取り囲む。一見、劣勢に見えるが、オレは心配していなかった。剣術学校を首席で卒業した優秀な後輩がこんなところで負けるわけはないからだ。

「郁人先輩、私の剣から目を離さないでください」

刹那、神崎の剣が夜の帳を切り裂いた。

「なあ、郁人、お前の下につきたいっていう新人がいるんだが・・・」

新人の研修担当の宮本みやもとからそう連絡があったのは、数か月前のこと。新人直々に配属先の希望が出されるのは異例の事態だった。それも将来を嘱望されている大エリートがオレを名指しで指名しているらしい。

「他にも優秀な隊員はいるだろう。どうしてオレなんだ?」

宮本は「それなんだが」と前置きを入れて言葉を続けた。

「昔、お前に助けられたことがあるらしいんだよ」

はて、オレは首をかしげた。まったく身に覚えがなかった。

闇夜切ダークナイトスラッシュ!」

神崎が剣を振り落とすと、刺客たちはどさりと地面に倒れた。砂煙が辺りに立ち込める。

「やりましたよ、郁人先輩」

神崎が両手を上げて小さく飛び跳ねる。その横を何かがサッと通り過ぎた。

「おい、気を抜くなって言っただろ」

砂煙にまぎれて、三層目へと一人の刺客が突入してくる。神崎は優秀だが、抜けているところがある。まだまだ教えることは多そうだ。

「すみません、一人取り逃がしました」

「わかってる。こっちで対処する」

オレは拳をかまえた。岩をもくだくこの拳、とくと見せつけてやろうじゃないか。

すると、敵はオレに倣うように拳を構えた。バカな、この独特な構えはオレと先生特有のもの。そう容易く真似できるはずがないはず。

タヌキの面をかぶった敵が静かに笑った。この笑い方もオレには覚えがあった。

「まさか、先・・・生・・・なのか?」

こちらの言葉に面がゆっくりと外される。そこに現れたのは、紛れもなく恩師の姿だった。

「郁人さん、成長しましたね」

糸のように細い目がオレを見据える。口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた。オレは目の前の状況に気づけば身体が奮えていた。数年前、突如として行方をくらましていた先生が今こうして敵として立っている。状況が上手く整理できなかった。

「行きますよ」

しかし、戦いは待ってなどくれない。先生の拳がオレの身体に飛んでくる。精神は大きく乱されながらも、身体に染みついた戦闘技術によって、オレは攻撃を回避し続けた。

「避けてばかりでは勝てませんよ。どんなときも己を貫きなさい」

オレはハッとした。先生はこれまでオレに事あるごとに「己を貫きなさい」と伝えてきた。どんな時も周囲に惑わされず、自分が出した答えを信じること。その教えをもとに、これまで数多の苦難を乗り越えてきたのだ。オレは自分の頬を叩くと、小さく息を吐いた。

となれば、今のオレがやるべきことはたった一つだ。

「先生、今のあなたはオレの敵だ。この店のうなぎは絶対に守って見せる」

オレは気を溜めた。鍛錬の末、身につけた究極奥義を披露するときが来た。それも一番見てほしかった相手に。

「究極奥義『高速打撃ハイスピードパンチ!』」

オレの拳が当たる直前、先生はいつものように静かに笑った。

「郁人先輩、一級試験合格おめでとうございます」

オレは大きく溜息を吐いた。先生が地面に倒れるのと同時に、辺りに拍手喝采が巻き起こった。わけがわからずポカーンと口を開けていると、地面に倒れていた敵が一斉にタヌキの面を外していく。敵の正体は全員本部の人間だった。

「一級試験は、悪に溺れた師を情に流されず倒すこと、君は見事にそれをやってのけた」

オレを取り囲み、皆が「おめでとう」と拍手をしている。先生も、店主の人間も、神崎も。なるほど全員グルというわけか。

とんだ茶番だよ・・・。

「とうとう一級隊員ですか。これで郁人先輩の評価もうなぎ登りですね」

オレと神崎は、店内のテーブル席で報酬のうな重にありついていた。目の前にいる彼女は屈託のない笑みを浮かべながら、箸を動かしている。

「それにしても神崎、お前は嘘がつけない奴だと思っていたんだがな」

すると、神崎は悪戯な笑みを浮かべながら、オレをじっくりと見つめてきた。

「嘘くらいつけますよ。私はうなぎと郁人先輩のことが大嫌いですから」

神崎は「ふふふ」と笑うと、目の前のうなぎをさも美味しそうに頬張った。

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