【金融数学】デリバティブ価格理論を、金融の外から読み直してみる 第7回 いつ行動するべきか
今するか、待つかを考える
前回は、ヘッジとは何かを見ました。
オプション価格を一つの数字として見るのではなく、何に反応しているかを見る。
デルタ、ガンマ、ベガ、セータ、ロー。
こうしたGreeksを通じて、価格変動を感応度に分解しました。
ヘッジとは、単にリスクを消すことではありません。
価値が何に反応しているかを見たうえで、制御できるリスクと、なお残るリスクを分けることでした。
今回は、リスクの分解から少し視点を変えます。
不確実な状況で重要なのは、何をするかだけではありません。
いつ行動するか
も、価値を大きく左右します。
同じ行動でも、今すぐ行う場合と、少し待ってから行う場合では意味が変わります。
今行動すれば、価値をすぐに確定できます。
しかし、待てば、追加の情報を得られるかもしれません。
状況が改善するかもしれません。
あるいは、悪化するかもしれません。
待つことには価値があります。
ただし、待つことにはコストもあります。
第7回では、アメリカンオプションと最適停止を通じて、
今行動する価値と、待つ価値を比較する
という考え方を見ていきます。
ヨーロピアンオプションとアメリカンオプション
まず、オプションの種類を少し整理します。
これまで主に見てきたのは、満期時点にペイオフが決まるオプションでした。
たとえば、ヨーロピアン・コールオプションであれば、満期時点 $${T}$$ におけるペイオフは
$$
\max(S_T-K,0)
$$
です。
満期時点の株価 $${S_T}$$ を見て、権利を使うかどうかが決まります。
ヨーロピアンオプションでは、基本的に行使できるのは満期時点だけです。
途中で行使することはできません。
一方、アメリカンオプションでは、満期までの途中でも権利を行使できます。
満期まで待ってもよい。
途中で行使してもよい。
つまり、アメリカンオプションには、いつ行使するかを選べる自由があります。
この自由が、アメリカンオプションを少し難しくし、同時に面白くしています。
なぜなら、各時点で、
今行使するべきか
それとも待つべきか
を考える必要があるからです。
今行使する価値
アメリカンオプションを持っているとします。
ある時点で、原資産価格 $${S}$$ が観測されています。
このとき、今すぐ権利を行使すれば、一定の価値を得られます。
たとえば、プットオプションであれば、行使価格を $${K}$$、現在の株価を $${S}$$ とすると、今行使したときの価値は
$$
K-S
$$
です。
ただし、これは $${K>S}$$ の場合です。
株価が行使価格より高ければ、プットを行使しても意味がありません。
その場合、行使価値は0です。
したがって、プットの行使価値は
$$
\max(K-S,0)
$$
と書けます。
コールであれば、今行使したときの価値は
$$
\max(S-K,0)
$$
です。
このように、今行使すれば、価値をすぐに確定できます。
不確実な未来を待たずに、現在得られる価値を取ることができます。
これが、今行使する価値です。
待つ価値
しかし、権利を今すぐ行使しない、という選択肢もあります。
待てば、将来の株価をもう少し見てから判断できます。
プットオプションであれば、株価がさらに下がるかもしれません。
そうなれば、将来の行使価値は大きくなります。
コールオプションであれば、株価がさらに上がるかもしれません。
そうなれば、やはり将来の行使価値は大きくなります。
もちろん、逆に不利な方向へ動くかもしれません。
待った結果、行使価値が小さくなることもあります。
それでも、オプションは権利です。
将来の状態を見てから、使うかどうかを選べます。
そのため、待つこと自体に価値が生まれます。
この待つ価値を、継続価値と呼ぶことがあります。
今行使するのではなく、権利を持ち続ける価値です。
アメリカンオプションでは、各時点で、
今行使して価値を確定するか
待って将来の選択肢を残すか
を比較することになります。
行使価値と継続価値
この比較は、非常に重要です。
アメリカンオプションの価値は、直感的には次のように書けます。
「行使価値と継続価値のうち小さくない方」
ここで、行使価値とは、今すぐ権利を行使したときに得られる価値です。
継続価値とは、今は行使せず、権利を持ち続ける価値です。
この式の $${\max}$$ も、第3回で見たオプションのペイオフと同じく、単なる計算記号ではありません。
今行動するか。
待つか。
その二つを比較して、有利な方を選ぶという構造を表しています。
アメリカンオプションでは、この比較を満期時点だけでなく、満期までの各時点で考えます。
したがって、問題は単に「満期にいくらもらえるか」ではありません。
途中で行使する可能性を含めて、いつ行動するのがよいかを考える問題になります。
ここに、最適停止の考え方が現れます。
最適停止とは何か
最適停止とは、不確実に変化する状況の中で、いつ行動を止めるか、あるいはいつ権利を行使するかを選ぶ問題です。
待っていれば、情報は増えるかもしれません。
状況がよくなるかもしれません。
しかし、待ちすぎると、機会を失うかもしれません。
価値が減るかもしれません。
期限が近づくかもしれません。
その中で、どの時点で行動するのがよいかを考える。
これが最適停止です。
アメリカンオプションは、最適停止問題の代表例です。
各時点で、今行使するか、待つかを考えます。
今行使すれば、価値は確定します。
待てば、将来の選択肢は残ります。
しかし、待つことによって、時間価値や配当、金利、価格変動などの影響も受けます。
このように、最適停止では、現在の価値と将来の可能性を比較します。
待つことには価値がある
不確実な状況では、待つことには価値があります。
なぜなら、待つことで追加の情報が得られるからです。
今日の株価だけで判断するのではなく、明日の株価を見てから判断できるかもしれません。
来月の決算を見てから判断できるかもしれません。
市場環境の変化を見てから行動できるかもしれません。
このように、待つことで、より多くの情報を使って意思決定できる可能性があります。
また、待つことで、将来の有利な状態を取りに行ける可能性も残ります。
オプションは権利なので、不利になれば使わなければよい。
有利になれば使えばよい。
この柔軟性があるため、待つことには価値が生まれます。
第3回で見た「後から選べること」の価値が、ここでは「いつ選ぶか」の問題として現れています。
待つことにはコストもある
一方で、待つことにはコストもあります。
待っている間に、得られたはずの利益を逃すかもしれません。
権利を行使していれば受け取れたキャッシュフローを受け取れないかもしれません。
配当を逃すかもしれません。
満期が近づいて、残された選択肢が減るかもしれません。
相場が逆方向に動いて、行使価値が下がるかもしれません。
つまり、待つことは常に得とは限りません。
待つことで情報や選択肢を得られる一方で、機会費用も発生します。
だからこそ、最適停止では、
待つ価値
と
今行動する価値
を比較する必要があります。
待つことが常に正しいわけではありません。
今行動することが常に正しいわけでもありません。
状況に応じて、どちらが価値を持つかを見極める必要があります。
早期行使という判断
アメリカンオプションでは、満期前に権利を行使することがあります。
これを早期行使と呼びます。
早期行使が合理的かどうかは、オプションの種類や条件によって変わります。
たとえば、配当のない株式を原資産とするアメリカン・コールオプションでは、通常、満期前に行使することは合理的でないとされます。
なぜなら、権利を持ち続けることで、株価上昇の可能性を残せるからです。
早く行使してしまうと、その柔軟性を失います。
一方、プットオプションでは、状況によって早期行使が合理的になることがあります。
株価が大きく下がり、今行使して得られる価値が大きい場合、待つよりも今行使した方がよいことがあります。
また、配当がある場合のコールオプションでは、配当を考慮すると早期行使が問題になることがあります。
細かい条件は商品設計によって異なります。
ここで重要なのは、早期行使が単なる技術的な話ではないということです。
早期行使とは、
今、価値を確定すること
です。
一方、行使せずに待つことは、
将来の選択肢を残すこと
です。
アメリカンオプションの価格は、この二つの比較を含んでいます。
動的計画法とのつながり
行使価値と継続価値を比較するという考え方は、動的計画法にもつながります。
動的計画法では、複雑な意思決定問題を、時点ごとの小さな判断に分けて考えます。
今の状態で何をするか。
その選択によって、将来どのような状態に移るか。
将来の価値を見越したうえで、今の最適な行動を選ぶ。
このような構造です。
アメリカンオプションでも、同じような考え方が現れます。
各時点で、今行使する価値と、待った場合の価値を比較します。
そして、その比較が現在の価値を決めます。
$$
V=\max(\text{exercise value},\text{continuation value})
$$
という形は、非常に単純に見えます。
しかし、その背後には、将来の選択肢を見越して現在の行動を決める、という動的な考え方があります。
この意味で、アメリカンオプションは、金融商品の価格評価であると同時に、不確実な状況での行動タイミングを考えるためのよい例になっています。
金融の外で読むときの注意
「いつ行動するべきか」という問いは、金融の外でも自然に現れます。
投資を今始めるか、もう少し待つか。
新しい事業を今始めるか、市場の様子を見るか。
設備投資を実行するか、技術の成熟を待つか。
プロジェクトを続けるか、中止するか。
こうした問いは、アメリカンオプションや最適停止の考え方と似た構造を持っています。
ただし、ここでも注意が必要です。
金融商品のアメリカンオプションでは、原資産、行使価格、満期、ペイオフが比較的明確です。
市場価格もあります。
ヘッジ可能性や無裁定条件も理論の中で意味を持ちます。
一方、事業判断では、こうした条件がはっきりしないことが多いです。
何が原資産なのか。
行使価格に当たるものは何か。
満期はどこか。
ペイオフをどう測るのか。
待つことのコストは何か。
情報が増えるとはどういうことか。
これらを明確にしないまま、金融商品のオプション価格式をそのまま使うのは危険です。
金融外で読むべきなのは、価格式そのものではありません。
今行動する価値と、待つ価値を比較するという構造です。
抽象化のポイント
この回で見た最適停止の考え方は、より一般には、不確実に変化する状況の中で、いつ行動するかを選ぶための考え方として読むことができます。
意思決定では、何をするかが重要です。
しかし、それだけではありません。
同じ行動でも、今するのか、後でするのかによって価値は変わります。
アメリカンオプションでは、各時点で、今行使するか、待つかを比較します。
今行使すれば、行使価値を得て、価値を確定できます。
一方で、待てば、将来の状態を見てから判断できる可能性が残ります。
この比較は、直感的には
$$
V=\max(\text{exercise value},\text{continuation value})
$$
と書けます。
ここでの $${\max}$$ は、単なる計算記号ではありません。
今行動して価値を確定するか。
待って将来の選択肢を残すか。
その二つを比較する構造を表しています。
待つことには価値があります。
情報が増えるかもしれません。
状況が好転するかもしれません。
将来の有利な状態を取りに行けるかもしれません。
しかし、待つことにはコストもあります。
機会を逃すかもしれません。
得られたはずの利益を失うかもしれません。
期限が近づき、選択肢が減るかもしれません。
状況が悪化するかもしれません。
したがって、不確実な状況では、待つことを単純に良いとも悪いとも言えません。
今行動する価値と、待つ価値を比較する必要があります。
この考え方は、金融商品のアメリカンオプションに限らず、事業判断やプロジェクト判断にも似た構造として現れます。
ただし、金融外へ読む場合には、オプション価格式をそのまま持ち出すのではなく、行動のタイミングを選ぶ構造として読むことが大切です。
第7回の抽象化のポイントは、次のようにまとめられます。
最適停止とは、不確実に変化する状況の中で、今行動する価値と待つ価値を比較し、行動のタイミングを選ぶための考え方である。
待つことには価値があるが、同時にコストもある。
次回へ
今回は、アメリカンオプションと最適停止を通じて、いつ行動するべきかを考えました。
不確実な状況では、何をするかだけでなく、いつするかも重要です。
今行動すれば、価値を確定できます。
待てば、将来の情報や選択肢を残せます。
しかし、待つことにはコストもあります。
この比較が、
$$
V=\max(\text{exercise value},\text{continuation value})
$$
という形に現れていました。
次回は、この考え方を金融商品の外側へ少し広げます。
事業判断や投資判断では、将来の状態に応じて、始める、待つ、拡張する、撤退する、といった選択肢があります。
こうした柔軟性を、オプション的に見る考え方があります。
次回は、
事業判断をオプションとして見る
というテーマに進みます。
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