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食べない高齢者を前にすると、少し迷う

食べない高齢者を前にすると、毎回少しだけ迷う。

昨日まで普通に食べていた人が、急に口を開けなくなる。
声をかけても、反応が薄い。
やっと一口入っても、なかなか飲み込めない。

「このままで大丈夫なのか」
そう思いながら、スプーンを持つ手が止まる。


食べない高齢者を前にすると、毎回少しだけ迷う。

昨日まで普通に食べていた人が、急に口を開けなくなる。
声をかけても、反応が薄い。
やっと一口入っても、なかなか飲み込めない。

「このままで大丈夫なのか」
そう思いながら、スプーンを持つ手が止まる。


以前、どうしても食べてほしくて関わったことがあった。
一口でも多く、と思ってしまったことがある。

でも、たくさん食べればいいというものでもないと感じた。

全部食べてもらおうと関わる中で、むせてしまう方や、
誤嚥性肺炎につながってしまう方もいた。

嘔吐してしまい、酸素飽和度が低下してしまう場面に出会うこともあった。

その経験から、
食べてほしい思いが強くなりすぎてしまう難しさを感じるようになった。


特養は、治す場所ではなく、その人の生活を支える場所。

だからこそ、「食べさせること」がいつも正しいとは限らない。


もちろん、食べられなくなる理由はいろいろある。

義歯が合っていないこともあるし、
飲み込みにくくなっていることもある。
体調が崩れていることもある。

少し整えるだけで、また食べられるようになることもある。

「もう難しいかもしれない」と思った方が、
少しずつ食事を再開する場面も見てきた。

高齢者は、思っているよりも強いと感じることも多い。


それでも、どうしても食べられない時がある。

少しずつ、枯れていくように、
体が食べることを受けつけなくなっていくように感じることもある。

そういう時は、無理に進めるのではなく、いったん立ち止まる。


ゼリーや果汁など、
スプーンで少しだけ口に運ぶこともある。

栄養を取るためではなく、
「食べる」という感覚を残すために。


家族から
「こんなに食べなくて大丈夫ですか?」
と聞かれることもある。

そのたびに、言葉を選ぶ。

まずは、
「今は、食べることが難しくなっています」とお伝えする。

食べられないことを、つらいこととして受け止められるご家族もいる。

「体が食べ物を必要としなくなってきている状態かもしれません」
「無理に進めることで、むせてしまうこともあります」

そう説明することもある。


それでも、不安がなくなるわけではない。

正直、今でも迷うことは多い。


正解かどうかは分からない。

でも今は、

「食べさせること」よりも、
「苦しませないこと」を選ぶ場面があると考えている。


それが、その人にとって
穏やかな時間につながっているといいなと思いながら、関わっている。

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