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「仕事も家庭も回していたのに、体が先に壊れた。」――“部品”として生きてきた僕が、壊れかけて気づいたこと

仕事は回っていた。
家庭も、なんとか回っていた。

大きなトラブルもなく、
致命的な失敗もしていない。

それなのに、
体のほうが、先に壊れた。


僕はずっと「部品」として生きていた

30代の営業として、
父親として、
夫として。

僕はずっと、
求められた役割を“機能させること”を最優先にして生きてきた。

・数字が足りなければ、踏ん張る
・人が足りなければ、埋める
・家が回らなければ、自分が削れる

感情や体調は後回し。
多少の無理は「社会人なら普通」。
弱音は「迷惑になるから」飲み込む。

そうやって僕は、
壊れにくく、文句を言わず、止まらない“部品”として
会社にも家庭にも組み込まれていった。


「まだ動く」は、一番危険な状態だった

今振り返ると、
体はずっとサインを出していた。

・寝ても疲れが取れない
・常に緊張している
・理由もなくイライラする
・呼吸が浅い
・何も楽しく感じない

それでも僕は思っていた。

「まだ動ける」
「動けてるうちは大丈夫」

でも、それは違った。

“まだ動く”は、限界が近いサインだった。


壊れたのは、ある日突然だった

ある日、上司から強い言葉を浴びた。
家庭ではすれ違いが続いていた。
体調は最悪だったが、仕事を優先した。

その結果、
40度を超える高熱。
肺炎。
緊急搬送。

点滴を打たれながら、
天井を見つめて思った。

「……あ、これ、もう戻れないところまで来てたな」

努力が報われたわけでもない。
頑張った結果、成長したわけでもない。

ただ、部品が壊れただけだった。


壊れて初めて気づいたこと

僕が壊れた理由は、
気合が足りなかったからでも、
メンタルが弱かったからでもなかった。

一番の原因は、
自分を“人間”として扱っていなかったことだった。

・疲れても止まらない
・苦しくても説明しない
・限界でも役割を優先する

それは「責任感」ではなく、
自己切り捨てだった。


真面目な人ほど、部品になりやすい

不思議なことに、
一番壊れやすいのは「ちゃんとしている人」だった。

・頼まれたら断れない
・迷惑をかけたくない
・空気を壊したくない

そういう人ほど、
知らないうちに“調整弁”にされる。

誰かが足りなければ補充され、
誰かが休めば穴埋めされ、
それでも文句を言わないから、また使われる。

壊れるまで、外されない部品。

それが、僕だった。


壊れないために必要だったのは「気合」じゃなかった

壊れたあと、
僕はようやく立ち止まった。

そして気づいた。

必要だったのは、
もっと頑張ることでも、
前向きになることでもなかった。

必要だったのは、

・自分の状態を言語化すること
・事実を記録すること
・「無理」を構造として捉えること
・戦わずに距離を取る方法を知ること

自分を守るための、現実的な手段だった。


このnoteで書いていること

このnoteでは、

・壊れかけたときに実際に起きたこと
・なぜ止まれなかったのか
・真面目な人ほど壊れる構造
・人生を詰ませずに立て直す現実的な方法

を、感情論ではなく、
**「再現性のある形」**で残しています。


最後に

もし今、

・ちゃんとやっているのに、ずっと苦しい
・休めない理由ばかり頭に浮かぶ
・何も起きていないのに、常に疲れている

そんな状態なら、
それはあなたが弱いからじゃない。

部品として使われすぎているだけかもしれない。

壊れてから気づく前に、
一度、立ち止まっていい。

このnoteが、
自分を“人間”として扱い直す
小さなきっかけになれば嬉しいです。


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同じように壊れかけた30代が、
人生を再設計するための視点を、毎日書いています。


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