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心が沈む夜は、だいたいバランスが崩れている。理由のない悲しさに、酒を飲んだ夜のこと

昨日、仕事終わりに酒に溺れました。
はっきりとした理由があったわけではありません。

ただ、なぜか悲しかった。

何があったのかと問われると、
説明できるほど明確な出来事はありません。
それでも心は重く、どこかで静かに折れていました。

あとから振り返ってみて、
ひとつだけ確信を持てたことがあります。

心が沈むとき、私はいつもバランスを崩しています。


仕事に偏ると、世界が狭くなる

ここ最近、
私は仕事のことばかり考えていました。

評価はどうか。
期待に応えられているか。
失望されていないか。
足を引っ張っていないか。

気づけば、
頭の中の大半を仕事が占領していました。

家庭の時間も、
趣味のキックボクシングも、
読書も、
文章を書くことも、
「余裕があればやるもの」になっていた。

そうして生活の重心が仕事に寄りすぎると、
世界は一気に狭くなります。


理想の自分と比べてしまう癖

バランスが崩れると、
私は決まって理想の自分と今の自分を比べ始めます。

もっとできたはずだ。
もっと強くあるべきだった。
もっと冷静で、余裕があるはずだった。

そうやって比べれば比べるほど、
今の自分は矮小で、稚拙で、脆弱に見えてくる。

そこにさらに、
「周りからどう思われているか」という想像が加わります。


確認していない評価に、心を支配される

上司はどう思っているだろう。
同僚は失望していないだろうか。

実際に確認したわけではありません。
それでも頭の中では、
最悪の評価が勝手に再生されます。

ポジティブに見られているなら安心できるし、
ネガティブに捉えられているなら、ひどく苦しい。

つまり私は、
人の顔色を読み取るセンサーとして生きている状態でした。

それが楽しいはずがありません。


問題は出来事ではなく、バランスだった

ここで、ひとつ大事なことに気づきました。

同じ出来事が起きても、
バランスが取れているときは、ここまで沈みません。

  • 体を動かしている

  • 家庭でちゃんと笑っている

  • 文章を書いて、自分の内側を外に出している

こうした時間があるときは、
仕事で嫌なことがあっても、
「人生全部が否定された」ような気分にはならない。

問題は出来事ではなく、
生活のバランスがどこに偏っていたかだったのです。


私にとっての「自分自身の管理」

だから私は、
自分自身の管理をこう捉え直しました。

管理とは、
自分を縛ることでも、追い込むことでもありません。

バランスを点検し、戻すこと。

私の場合、それは次の四つです。

  • 家庭

  • 趣味(キックボクシング・読書)

  • noteなどの創作活動

  • 仕事

どれか一つに偏りすぎると、
心は必ず歪み始める。

昨日の酒は、
その歪みに気づくためのサインだったのかもしれません。


今後どうしたいか──小さな改善策

これから先、
人生を劇的に変えたいわけではありません。

やりたいのは、
崩れたバランスに早く気づける自分になることです。

具体的には、こんなことを意識します。

  • ネガティブになったとき
    「何があったか」より
    「最近、何に偏っていたか」を先に見る

  • 他人の評価を想像し始めたら
    「それは事実か?」と一度立ち止まる

  • 酒に逃げたくなった夜は
    体を動かすか、文章に気持ちを書き出す

  • 仕事・家庭・趣味・創作のどれかが
    消えていないか、定期的に点検する

完璧にできなくていい。
また崩れてもいい。

でも、
崩れたことに気づける速度だけは、
少しずつ早くしていきたい。


まだ途中だけれど

私は今でも、
人の顔色を気にします。
理想の自分と比べて、落ち込むこともあります。

それでもひとつだけ、以前と違うのは、
「これは自分がダメだからだ」と
すぐに結論づけなくなったことです。

今はまず、
バランスを見直す。

それができれば、
人生は思っているより壊れていない。

そんなふうに、
少しずつ立て直していこうと思います。

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