私は何に急いでいたのか。10年前のコラムから考える罵声おじさんとぶつかりおじさん
これからの生活を考えるために、最近、昔掲載したコラムを読んでいます📝📚。その中で、子育てに苦戦😱しながら、希望🤗を綴ったものがこちら👇。
子育て時、なぜ私は周りに気を使い、すれ違いのおじさんに怒鳴られ、急いでいたんだろう😭❓
今、都会にぶつかりおじさんが出没してるそう😣。その先駆け❓地方は10年先をいっているのかも💦
最近バス🚌に乗ると、これでもかという程、聞く放送がある📢。「バスが停車するまで、必ず座席に座っていてください。」バスは停車する際、大きくガクン💥と揺れる。この時に何かにつかまっていないと、転倒する可能性があり、危ないのだ。
しかし、
停車するまで座席で待つことに慣れない😣。「早くしないと💦」、と焦ってしまうのだ。和歌山では急がなくても、並ぶことも、人にぶつかることも少ない。バス🚌が停車してから移動し、料金💰を支払う。よく考えれば数分もかかっていないのに、だ。
理由はベビーカーを押して、横断歩道を歩いていた時に罵声を浴びたからだ😣。暑い夏の日🔅はイライラが増すらしい。「はよ歩け」とは言いにくいからか、「何で暑い日に赤ちゃん連れて外出しとるねん❗」との言葉を受けた😵💫
当時は若かった私。買い物👛途中なのに、しかと受け止め、周りにあわせるように急ぐようになった😣。いつから、私たちは「人の迷惑をかけないように」と、急ぐ💨ようになったのだろうか。しつけの結果だろうか。それとも、私たちが「何かを求め、何かをなくしてしまった」からなのだろうか❓
そんな中、ここ数年、おじいさんに助けられることが多い。ベビーカーと娘を抱え、バスから下車しようとすると、さらりとベビーカー🦽を降ろしてくれる。ばたばたしている様を温かく笑顔で見守ってくれる🤗。やってあげている感がないスマート✨な動作、笑顔、余裕さがかっこいい✨。憧れる。子ども夫婦の育児の手助けに熱心な「いくじじ」も増えているそうだ✨
持ちつ持たれつ。誰かの助けになっても、他の人にその親切を分けてあげればいいのだ。寛容さや心の余裕さを備え、周りに安心感を与えられるようになりたい🤗。
(2012年7月 わかやま新報掲載 2023年加筆)
と言っていたが、10年後の今や、すれ違う人🚶が少なくなってきている。もはや、地方には暴言を吐く元気🙆♀️さえもなくなっている気がする。いいような、悪いような。いや、暴言がなくなるのは絶対いいコト。あとは寛容さが世の中に広がるといいな♥
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「子供の話を聞きながら、PTA役員をし、料理する‼️」のようにマルチタスクをこなした専業主婦が子供の成長とともに自分のことに目を向け、社会への思いを伝えることが出来たら、きっと社会は良くなるはず✨と思っています。サポートしていただけたら、嬉しいです❤