雪之丞☆変化(チェンジ)〜神席を干された地下アイドルの逆襲
登場人物
中村雪之丞
メンズ地下アイドルグループ「一騎当千」のセンター。メンバーは四人しかいないが、運営は「一人当たり二百五十人分の志がある」と説明している。美貌の女形系アイドルとして人気を集める一方、実家の和菓子屋をデマで倒産させた土部三斎への復讐を誓っている。闇太郎
暴露系インフルエンサー。雪之丞の幼馴染。「令和の怪盗」を名乗るが、盗むのは主に世間の注目と他人の炎上。フォロワー百万人のうち、九十九万人は野次馬である。土部三斎
芸能事務所「土部プロモーション」社長。コンプライアンスを、新しく売り出された男性アイドルグループの名前だと思っている。浪路
三斎の娘で、雪之丞のTO――トップオタ。推し活家計簿を複式簿記でつけている。父より数字に強く、雪之丞より冷静。
第一場 ライブハウス「大江戸羽田」
重低音のEDMに、なぜか三味線の音が混じっている。
ステージ中央では、雪之丞が銀色の扇を広げていた。
雪之丞
「みんな――今夜も僕だけを見ていてね」
客席から悲鳴が上がる。
雪之丞
「でも、課金は生活に支障のない範囲で!」
客席が静まり返った。
舞台袖で、マネージャーが頭を抱える。
マネージャー
「地下アイドルが急に金融庁みたいなこと言うな!」
最前列では、浪路が雪之丞の名前入りペンライトを十二本振っている。腕が八本足りないので、残りは隣の客に持たせていた。
その後ろのVIP席には、土部三斎がふんぞり返っている。
雪之丞の目が細くなった。
雪之丞・心の声
(見つけたぞ、土部三斎。かつて我が実家、中村屋の羊羹に異物が入っていたというデマを流し、店を倒産へ追い込んだ男……)
雪之丞は微笑んだまま、三斎を指さした。
雪之丞
「そこのあなた。僕から目をそらさないで」
三斎
「おっ、ファンサをもらったぞ!」
雪之丞・心の声
(違う。宣戦布告だ)
三斎はうれしそうにハートを作った。
(雪之丞、わずかに動揺する)
雪之丞・心の声
(悪人のくせに、ハートが妙にきれいだな……)
第二場 終演後の楽屋
雪之丞はメイクも落とさず、MacBookに向かっていた。
画面には、巨大なExcel表が開かれている。
雪之丞
「三斎が投稿させた偽レビュー、全八百六十二件。投稿時刻、使用端末、誤字まで一致している」
セルを一つずつ赤く塗る。
雪之丞
「ふふふ……復讐というものは、意外と地味だな」
そのとき、三階の窓から黒いパーカー姿の男が入ってきた。
闇太郎
「よぉ、雪の旦那。相変わらず陰湿な画面の光が似合うねぇ!」
雪之丞
「闇太郎! 窓から入るなと言ったはずだ!」
闇太郎
「正面入口から入ろうとしたら、ドリンク代六百円を要求された」
雪之丞
「払え」
闇太郎
「怪盗に経費の概念を持ち込むな」
雪之丞
「ここはライブハウスだ。怪盗にもワンドリンク制は適用される」
闇太郎は不満そうに、コンビニのレシートの束を机へ置いた。
雪之丞
「これは?」
闇太郎
「三斎の悪事の証拠だ」
雪之丞
「なぜ全部、コンビニのレシートなんだ」
闇太郎
「裏帳簿と一緒にポケットへ入れて洗濯した」
闇太郎が、しわだらけの紙を一枚広げる。
闇太郎
「三斎は、明日の浪路の生誕祭で、同じ最前列の席を三十人に売るつもりだ」
雪之丞
「同じ席を三十人に?」
闇太郎
「当日になったら設備故障で公演を中止。返金は現金じゃない。三斎Payの期間限定ポイントだ」
雪之丞
「有効期限は?」
闇太郎
「当日の午後十一時五十九分」
雪之丞が立ち上がった。
雪之丞
「許せない!」
闇太郎
「実家を潰された話をしていたときより怒ってないか?」
雪之丞
「神席を売ったなら、神席を渡せ! それがアイドル界の武士道だ!」
闇太郎
「そんな武士道はない」
雪之丞
「明日、三斎の悪事をすべて暴く。お前のアカウントで生配信しろ」
闇太郎
「俺のアカウント、昨日また凍結された」
雪之丞
「令和の怪盗が、運営に捕まりすぎだろう!」
第三場 浪路生誕祭
翌日。
大型ライブハウス「大江戸羽田」は、紫色のペンライトで埋め尽くされていた。
関係者席には、三斎が座っている。
その左右には、灰色のスーツを着た無表情な男たちが並んでいた。
三斎
「最近の雪之丞ファンは地味だな」
男の一人が警察手帳をしまう。
三斎は気づかない。
ステージでは、雪之丞が純白の衣装で歌い終えた。
雪之丞
「ここからは、浪路さんのために特別な企画を始めます。題して――『悪徳社長に百の質問』!」
客席が盛り上がる。
三斎
「面白そうだな!」
雪之丞
「それでは土部社長、ステージへどうぞ」
三斎
「俺!?」
三斎は、まんざらでもない顔でステージへ上がった。
雪之丞が美しく微笑む。
雪之丞
「社長。これはリハーサルですから、何を答えても外には漏れません」
三斎
「そうか。なら安心だ」
背後の巨大スクリーンに、
《現在、三百八十二万人が視聴中》
と表示される。
雪之丞
「中村屋を潰すため、偽レビューを投稿させましたね?」
三斎
「俺が投稿させたのは八百六十二件だけだ!」
三斎は胸を張った。
三斎
「九百件という噂は誤解だ。そこは正確に報道してほしい」
雪之丞
「神席を三十人に売りましたね?」
三斎
「三十人ではない。二十九人だ!」
雪之丞
「一人には本当に座らせるから?」
三斎
「そうだ。俺はそこまで悪くない!」
客席全体から「悪いよ!」という声が飛ぶ。
三斎
「何だ、この客は! リハーサルのくせに反応がいいな!」
雪之丞
「さらに公演を中止し、返金を三斎Payで済ませるつもりだった」
三斎
「人聞きの悪いことを言うな! 新規登録者には五十ポイントを進呈する!」
雪之丞
「一ポイントはいくらです?」
三斎
「気持ちだ」
客席がどよめく。
そのとき、浪路が最前列から立ち上がった。
手には、分厚いファイルがある。
浪路
「パパ。もう終わりよ」
三斎
「浪路! 父親を裏切るのか!」
浪路
「裏切らない。解約するだけ」
三斎
「何を!?」
浪路
「親子関係のプレミアムプランを、本日付で無料会員に変更します」
三斎
「せめて広告は消してくれ!」
浪路はステージへ上がり、ファイルを雪之丞へ渡した。
浪路
「土部プロモーションの裏帳簿、架空請求、偽レビュー業者への振込記録。全部そろっています」
雪之丞
「どうやって、これを?」
浪路
「私は会社の経理担当です」
三斎
「アイドルのチェキばかり買っていると思っていたのに!」
浪路
「チェキも帳簿も、日付と金額が合わないと気持ちが悪いの」
闇太郎の声が会場へ響く。
闇太郎・影アナウンス
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ただいまトレンド第一位は『土部三斎、リハーサルで全部自白』!」
三斎
「生配信だったのか!」
雪之丞
「忘れたか、三斎。私は、かつてお前が偽レビューで潰した和菓子屋・中村屋の倅、中村雪之丞だ!」
三斎
「なにぃ! あのときの、あんこ屋の子どもが!」
雪之丞
「中村屋は、お前のデマによって看板を失った。職人は散り、父は白髪になり、私は地下アイドルになった!」
闇太郎
「最後の一つは三斎のせいじゃないだろ」
雪之丞
「黙れ!」
雪之丞がファンサ用のバズーカを構える。
雪之丞
「受け取れ! これが中村屋、オーガニック小豆の恨みだ!」
バズーカが発射される。
大量の紙吹雪が、三斎の頭上へ降り注いだ。
一枚一枚が、すべて不正経理の領収書のコピーだった。
三斎
「証拠を紙吹雪にするな! 拾うのが大変だろう!」
灰色のスーツの男たちが一斉に立ち上がる。
捜査員
「拾うのはこちらで手伝います。署でゆっくり整理しましょう」
三斎
「これはコラボ企画です!」
捜査員
「違います」
三斎
「ドッキリです!」
捜査員
「違います」
三斎
「では、せめて切り抜き動画の収益を――」
全員
「黙れ!」
終幕 中村屋、再開
三か月後。
中村屋は「女形アイドルが接客する和菓子店」として再開した。
店の前には、かつてのライブハウス以上の行列ができている。
雪之丞は美しい着物姿で、羊羹を箱に詰めていた。
闇太郎がスマホを見ながら笑う。
闇太郎
「雪の旦那。三斎が留置場から店のレビューを書いてるぜ」
雪之丞
「何と?」
闇太郎
「『復讐は陰湿だが、大福はうまい。星四つ』」
雪之丞は黙って画面を見る。
雪之丞
「なぜ星を一つ減らした」
闇太郎
「そこ?」
雪之丞
「闇太郎。返事を書くぞ」
闇太郎
「AIで一括返信すればいいだろ」
雪之丞は静かに首を振り、筆を取った。
雪之丞
「復讐とあんこは、手作りでなければ意味がない」
店の外から、浪路の声が響く。
浪路
「ゆきくーん! 大福百個買うから認知してー!」
雪之丞
「お一人様三個までです!」
浪路
「推しが急に消費者庁になった!」
雪之丞は今日も、笑顔で大福を渡す。
復讐は終わった。
ただし、偽レビュー八百六十二件への返信は、まだ七件しか終わっていなかった。
