1年前の子どもが不登校になった頃の私へ|現在のわたしから届けたい手紙
ムスメの卒園式。
どんな形でも出席できるように事前に準備をしたね、お疲れさま。
でも結局、出ることはできなかったんだよね。
ホールケーキを買ってきて、家の中でパパから卒園証書をもらって、家族だけで笑顔の卒園式をした。

この3月、ジェットコースターのように感情が揺さぶられてた。
息子の不登校の不安から、家族全体が混乱の渦に巻かれて、ムスメは3ヶ月前に『幼稚園、わたしもやめる』と行かなくなった。
親としては、節目の行事に参加できないことを、受け止めることが難しかったよね。
楽しく通っていた最後の幼稚園の記憶を、泣いて連れ出してまで、嫌な卒園式だったと嫌な記憶で塗り替えることはしたくなかったんだもんね。
どうやら、その選択でよかったみたいだよ。
1年経っていま、急に幼稚園の時のたのしかったことを話し始めたよ。
「幼稚園のお泊り会たのしかった」「あのお友達は別な学校に行ったけど、げんきかな?」「先生はわたしのこと覚えてるかな?」
嫌な記憶で塗りつぶされて無くて、よかった。
行けなくなった3ヶ月のことは、なんの記憶にも残っていないようだ。
不登校息子の進級、不登校になるのが目に見えているムスメの入学。
環境を変えてあげることがいいのか、まずは家で休養が先なのか。
毎日一緒にいるのに、答えが出せなくて。
結局、子どもの気持ちを優先させることしかできなくて、流れるように日々をたゆってた。
学校も環境を整えてくれると、電話をくれるもんだから。
考えてどうにかなることならと、次年度のクラス編成を先生と相談したり。わたしのメンタル保持のために、学校側に配慮を求めるための面談をしたり。
今思うと、とってもストレスフルなことを頑張ってやっていたね。
可能なかぎり条件を整えても、結局は4月を迎えないとなんの答えもわからないのに、毎日頭を最悪がよぎる。
辛かったね。頑張ったね。
学校と電話するの大変でしょ。出たくもないし、掛けたくもなかったよね。
頑張ってたよ。しんどかったね。
親子ともにメンタル回復に努めたことはね、結局はよかったんだよ。
心が元気になるとね、自然と時が動いたから。
結局ムスメも不登校になったし、ママと子どもの在宅期間に苦しい気持ちも抱えたけど、必要な回復期だったんだよ。
夫婦の価値観をすり合わせることも。
子どものメンタルを上げるための声がけも。
すべてが手探りで。
同じように不登校になっている人とも繋がれなくて、気持ちを分かち合えて相談できる人も周りにいなかったから、孤立してたね。
でも良かった。noteの中で自分の気持ちを整理していくうちに、いつのまにか全国に仲間が増えていったんだよ。
気持ちも上を向けるようになったから、徐々に子どもの気持ちに向き合えるようになった。
子の気持ちを受け止めること、知識を増やすことで将来への不安を減らすことができたよ。
焦る気持ちを捨てられたよ。
ゆったりと流れに身を任せて、子どもの動きを尊重していけるようになった。
そうしたら、面白い世界を見せてもらえるようになったよ。
社会の選択肢は狭いけど、決して道が狭くなったわけじゃない。
むしろ価値観が広がりすぎて、懐の深い人間になれてるよ(笑)
同じ気持ちの人に、そっと寄り添えるような経験を増やせている。
とても貴重な経験をしてるよ。

この先も、悩むことは避けられないけど。
頑張った分、必ず未来の糧になっているから。
1年前のわたし。間違ってないよ。
ほどほどに。
ゆっくりと。
コツコツと。
忘れないでね。
優しい人、親切な人に出会えると、もっと自分も優しく親切に生きようと思える。
優しい人親切な人に出会えたことへ感謝を忘れないようにすると運も味方してくれるもの
✳️個人で始めた署名活動。知らないうちに知らない誰かが協力してくれて。2000名に迫る勢いです。ありがとうございます✳️

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