見出し画像

どうして息子は平日、家にいるんだろう。|不登校の子どもの回復過程への戸惑い

ふとそんな感覚に襲われた。
いまでは通常となった風景に、ふいに感じる違和感。
これはなんだろう?いまさらなのに。

なにか名前があるはずだ。
ゲシュタルト崩壊?違うね。

調べてみると、どうやら【ジャメブ】や【現実感の喪失】と言うらしい。

・デジャヴの逆(ジャメヴ:いつも見てる光景が急に“初めて見るような違和感”になる感覚)
現実感の喪失(デリリアライゼーション:現実なのに現実感がなくなる体験)


要は現実とのギャップを感じたことに、起因しているようだ。

  • 息子は今「家で安心して過ごすこと」を優先している

  • でも私は「外とのつながり」を望んでいる

  • そのズレが、ふとした瞬間に“違和感”として表れてる


娘が元気に学びの多様化学校に行った日。
息子は家の中でテレビを観て笑いながら、ゆるりと好きな時間に好きなだけ時間かけて弁当を食らっている。

だからふと、空から降ってくるように不思議な感覚が下りてきたわけだ。


それもこれもきっと、息子のメンタルが元気に回復したからなのだ。

不登校初期の塞ぎ込んでいた頃は、そんな違和感よりもまず、メンタルをどうやれば回復させられるのか。

ただそれだけを考えていたのだから。


人とは欲が深い生き物で。

元気になれば、人とのつながりを持つためにどこかに出かけて欲しいと考え。
出かけられるようになれば、学習してほしいなと考えてしまう。


でも息子自身はきっと、外に出れるようになった今に満足感があり。
ゆっくりとその先に、学ぶことを選択するときがくるのだろう。
(必要性を感じる壁にぶつからないと、自主的にやろうとは思えないだろうってことね)

不登校になる前までは、学習をするのは『あたりまえ』だと思っていたし。
学校に行くのも『あたりまえ』だった。

不登校になった後は、居場所を決めるのも、学習するのも、あくまで本人の意志を尊重しようという気持ちになっている。
(行きたくないところを親が勝手に決めたって、行き渋られたときに声がけするストレスは親的に強烈ダメージだもの。自分で決めてくれよ、だわ)


だから今回感じたような不思議な違和感は、恐怖として捉えるほどのものでなければ。

わたしはこの気持ちから離れる術を身につければいい。


頭の中を違和感や不安に乗っ取られないように、自分のやりたいことや夢中になれることでいっぱいにする。


こういう「違和感」を感じられたこと自体が、日常に慣れすぎて見過ごしていた自分の気持ちや葛藤を改めて認識するきっかけになる。

「やっぱり私は“社会とのつながり”を息子に望んでいるんだな」
「私自身も、安心したいがために居場所を求めてるんだな」


頭が余計な感情に乗っ取られないように、いまはせっせとフリマに向けてハンドメイドを楽しんでいる。

仕事モードになって、考えすぎることを防いでいる。


これでいい。
息子のためになにかしなきゃ…そんな思考に引っ張られずに。

息子の安定を「これでいいんだ」と確認する時期なんだと、いまは決めているのだから。



努力は必ず報われるものではないが、努力は必ず残るもの。

ゲッターズ飯田

いいなと思ったら応援しよう!

晴れパン / 多様な学びを願う×不登校兄妹のママ 共感いただけたならばサポートしてもらえたら、嬉しいです! いただいたサポートはこどもたちの第3の居場所(サードプレイス)への授業料に使わせていただきます!

この記事が参加している募集