見出し画像

「手段」を人生の「目的」にした瞬間、人は迷子になる。 ~「人生は、まだ途中。」0話~                <ポジティブ・キャリア・自己理解・悩み・管理職・メンタル・マインドフルネス・リーダーシップ>

「将来、何になりたいの?」

この質問、
人生で100回どころか、
たぶん500回くらい聞かれてませんか?

子供の頃はまだいいんです。

「サッカー選手!」
「ケーキ屋さん!」
「恐竜!」

とか言っておけば、なんか許される。

でも大人になると急に、
“ちゃんとした答え”
を求められるようになります。

はじめまして、JINYOKUです。

今日は、昔の自分がずっと勘違いしていた話を
したいと思います。

結論から言います。

$${\Large人生は、楽しむためにある。}$$

今の私は、本気でそう思っています。

めちゃくちゃシンプルですよね。笑

でも、40年ほど生きてきて、今のところ、
この言葉以上にしっくりくる答えがありません。

だって、

一度しかない人生、

せっかくなら、楽しい方がよくないですか?笑

もちろん、
毎日ハッピー無双してるわけではありません。

普通に疲れます。
普通に落ち込みます。

たまに、
「今日の自分、全体的にダサかったな…」
みたいな日もあります。

あと深夜にカップ麺を食べながら、
「人類って、“お湯を注ぐだけ”でここまで来たのか…」

と、文明に感謝している日もあります。

たぶん疲れてます。

でも、それ込みで、
人生は昔よりずっと楽しくなり続けています。

ただ、
昔の私は真逆でした。

「何者かにならなきゃ」
「明確な夢を持たなきゃ」
「ちゃんとした目標がなきゃ」

ずっとそう思っていました。

でも正直、かなり苦しかったです。

なぜなら私は、

$${\Large“人生を楽しむ”}$$

より先に、

$${\Large“正しい人生を探す”}$$

ことばかりやっていたからです。

若い頃の私は、
特別優秀な人間ではありませんでした。

中学の通知表はほぼオール1。
体育だけ3。
大学は留年と休学。

社会に出てからも、
「順風満帆」
という言葉とはかなり距離のある人生でした。

だから焦っていました。

周りは、
夢を語っている。
キャリアを語っている。
未来を語っている。

でも自分には、
「これを成し遂げたい!」
みたいな強烈な何かがない。

すると人は、“具体”に逃げ始めます。

・年収
・役職
・会社名
・肩書
・実績
・フォロワー数(昔はなかったけど)

本当は、

「どう生きたいか」

が分からないのに、

「何になるか」

ばかり追いかけてしまう。

昔の私は、完全にこれでした。

今の私は、
仕事も、家族も、人間関係も、
全部ひっくるめて、

「人生を豊かにするための大切な構成要素」

だと思っています。

語弊を恐れずに言えば、
・仕事
・妻や子供
・家族
・友人
・趣味
・お金
・挑戦

これらは全て、
“人生を楽しむための重要な手段”

です。

もちろん、
軽く扱っていいという話ではありません。

$${\Largeむしろ逆です。}$$

人生を豊かにする力が強いからこそ、
大切にしたい。大切に向き合いたい。

ただ、若い頃の私は、
これらを全部、

「人生の目的」そのものだと勘違いしていました。

だから苦しかった。

凡人だった私は、
明確な夢も、圧倒的な才能もありませんでした。

周りはどんどん前に進んで見える。

でも自分は、何者にもなれていない気がする。

だから焦る。悩む。空回りする。

そして、
“手段”に振り回される。

例えば昔、よくこう聞かれました。

「将来どうなりたいんですか?」

でも内心、ずっと思っていました。

「いや、それが分からんから困ってるんだが…」

と。笑

だから当時は、
必死に“ちゃんとした答え”を探していました。

でも今なら分かります。

本当に大切だったのは、

$${\Large何者になるか}$$

ではなく、

$${\Largeどんな状態で生きていたいか}$$

だったんです。

会社でもありませんか?

「管理職になりたいです!」
と燃えていた人が、
実際にその役割についた瞬間、急に元気を失ってしまう光景。

あれって、
「役職を取ること」
が目的になっていた状態なんですよね。

本来は、

「人生をより充実させたい」

という目的があって、

その過程の1つとして、
管理職という手段があるはずなんです。

でも、

$${\Large手段が目的化した瞬間}$$

$${\Large人は迷子になる。}$$

これは仕事だけじゃありません。

お金もそうです。

年収1000万。
年収1億。

もちろん素晴らしい。

でも、仮にそれを達成したとして、

その瞬間に人生が終わってもいいのか?

と言われたら、多くの人は違うはずです。

結局、その先で、

何を感じたいのか。
誰と笑いたいのか。
どんな毎日を送りたいのか。

そっちの方が、本当は大事なんですよね。

私は今、

「何を目指しているんですか?」

と聞かれたら、かなりシンプルに答えています。

「人生を、できるだけ楽しく使い倒したいです」

と。

そのために、

・精神的な自由
・時間的な自由
・経済的な自由
・身体的な自由

この総和を、
少しずつ高め続けたいと思っています。

もちろん、年齢と共に落ちるものもあります。

身体なんて、普通に経年劣化します。
最近なんて、階段を降りる時の膝が、
たまに“ミシッ”って言います。

怖いです。

でも、全部完璧じゃなくていい。

「今の自分、なんか悪くないな」

と思える時間が増えていけば、それは十分、
豊かな人生なんじゃないかと思っています。

ここで、
昔の自分に一番伝えたいことがあります。

それは、

「無理に“何者か”になろうとしなくていい」

ということです。

こうなりたい(抽象)

と、

これになりたい(具体)

は、似ているようで全然違います。

具体から入ると、抽象を見失う。

つまり、

“木ばかり見て、森を見失う”

状態になる。

これは本当にキツいです。

人生という樹海を、
GPSなしで歩くようなものなので。笑

だから今、もし人生に迷っている人がいるなら、

最初に考えるべきは、

「何になるか」

ではなく、

「どう在りたいか」

だと思っています。

優秀じゃなくていい。
特別じゃなくていい。

まずは、
「どんな状態の自分なら、人生を楽しめそうか?」
そこからで十分です。

【今日からできる小さなワーク】
スマホのメモに、
これだけ書いてみてください。
「自分は、どんな瞬間に“生きてて良かった”と感じるだろう?」
綺麗な答えじゃなくて大丈夫です。
・1人でコーヒーを飲んでる時
・家族と笑っている時
・誰かに感謝された時
・好きな服を着ている時
・深夜にゲームしている時

なんでもいい。

そこに、
あなたの“人生の目的のヒント”が隠れている気がしています。

$${\Large人生は、楽しむためにある。}$$

私は今、心から本気でそう思っています。

焦らなくていい。
何者かになれなくてもいい。
みんなちがって、みんないい。

まずは、自分の人生をちゃんと味わうこと。

そこから、全部始まるんだと思います。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

これからも、人生を少し前向きにできる“思考の整理”を発信していきます。

もし少しでも共感して頂けたら、
一言でも良いので、気軽にコメントをください。

JINYOKU

シリーズをマガジンにまとめています。
良ければまた読んでください。