見出し画像

【余白日記】老人よ!!AIという「翼」で飛んで行け--知の空間は図書館から喫茶店、公園のベンチへと広がっていく

最近、70代のあいだで、AIを使う人が少しずつ、しかし確かに増えているらしい。2026年初頭の調査では、日本のインターネット利用者の半数以上が、すでに生成AIを使った経験を持つという。もっとも、70代に限れば、"使いこなしている人"はまだ少数派で、利用率は1割前後とみられる。ところが意外なことに、「AIという言葉を知らない」という70代は、もうほとんどいないのだ。知っている。気になっている。ただ、最初の一歩をどう踏み出せばいいかがわからない。
70代は無関心な世代ではない。むしろ、「一歩踏み出そうと構えている」世代なのである。

しかも、私たちはすでに、自覚のないままAIと暮らしている。スマートフォンに話しかければ返事をする音声アシスタント。カーナビの賢いルート案内。ネット通販の「あなたへのおすすめ」。文字入力の予測変換。驚くべきことに、「私はAIなんて使っていないよ」と胸を張る人ほど、一日に何十回もAIのお世話になっている。つまり、AIを「使い始める」のではない。すでに使っていることに「気づく」だけでいいのだ。

考えてみれば、ずいぶん時代は変わった。少し前まで、何かを調べようと思えば図書館へ行った。棚のあいだを歩き回り、何冊も机に積み上げ、ページをめくっては付箋を貼り、必要なところをノートに書き写す。肝心の本がなければ、注文して届くのを何日も待った。あの静かな閲覧室、紙の匂い、思いがけない一冊との出会い──あれはあれで贅沢な時間だった。
けれど今、別の贅沢がある。
知りたいことを言葉にしてAIにたずねれば、たちまち答えが返ってくる。しかも場所を選ばない。自宅のソファでも、なじみの喫茶店でも、風の吹く公園のベンチでもいい。昔なら何日もかかったことが数分で形になる。図書館での苦労は何だったのかと、笑いたくなる。

私は、AIを「機械」よりも、むしろ"翼"に近いものだと思っている。

年を重ねると、体は若い頃のようには動かない。遠くまで出かけるのも、重い本を抱えるのも億劫になる。けれど、知りたい気持ちは、そう簡単には老いない。むしろAIの回答に触れると目が覚めて、「もっと知りたい」「昔学べなかったことを学びたい」という欲が、若い頃より強くなる。体が衰えた分だけ、好奇心が鋭くなる。これは老いの意外な面かもしれない

もちろん、AIは間違うこともあるし、もっともらしい嘘をつくこともある。最後は自分の頭で確かめる必要がある。
だが、それがいいのだ。むしろ「本当かな?」と疑うその瞬間こそ、頭がいちばん働いているAIの最大の価値は「正しい答え」ではなく、知ろうとする気持ちをもう一度前へ進めてくれることにある。

人生の後半戦を歩く人たちへ。
重い本を抱える代わりに、AIという軽やかな翼で羽ばたいてみませんか

AIは若い人だけの道具ではない。時を重ねた人の好奇心にこそ、よく似合う。知らないことを知る喜び、わからなかったことが少しわかる楽しさ──それは何歳になっても人を元気にする。AIという翼で、まだまだ飛んでいける。
そう思うと、老後もなかなか乙なものだ。



いいなと思ったら応援しよう!

エゾモモンガ70代 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!