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病状が悪くなってくると医師は優しくなる--70代のポンコツボディ

65歳を過ぎたあたりから、かかりつけの主治医の態度が変わった。

25年近く私の身体を診てくれている先生は、最初の頃、よく努力目標を出してきた。体重を落としなさい、歩きなさい、酒を減らしなさい。検査結果の紙を指で叩きながら、コーチのように厳しかった。

それがいつの頃からか、「夏のビールはうまいよね。飲むときは飲んで、休む日もつくればいいのよ」と言うようになった。制限していることに変わりはないのだが、言い方がまるで違う。叱る人から、隣に座って一緒に考えてくれる人になった。

今ではもう、医療に詳しい友人と話しているような口調だ。「それはね、これが影響しているのよ」。先生はモニターの数値を指差しながら、まるで天気の話でもするように言う。

——病状が悪くなってくると、医師は優しくなる。

昔、誰かにそう聞いたことがある。あの頃は他人事だった。年齢を重ねた私が、いま、その優しさの中にいる。

今日もまた、新しい病名がひとつ増えた。先生がモニターに映す数字と、私の「なんとなく元気だ」という感覚は、どうも噛み合わない。自分のことのはずなのに、遠くで鳴っている雷の音を聞いているようだ。

待合室に戻ると、同じ時間を過ごす人たちがいる。隣の男性が立ち上がるとき、小さく「よいしょ」と声を出した。私も椅子から腰を上げるとき、同じ声が出る。目が合うわけでもないのに、なぜかそれだけで少し心が軽くなる。

病名がつくのは、悪いことばかりでもない。今まで聞き流していた身体の小さな声に、ようやく耳を傾けるきっかけになる。

ただ、身体の声というのは、たいてい穏やかではない。「もう少し私を大事にしておくれよ」などという上品なものではなく、膝がぎしりと鳴り、階段の途中で息が切れ、夜中に何度もトイレに起きる。そういう無愛想なやり方で、身体は語りかけてくる。

クリニックを出ると、四月だというのに夏のような日差しが街を照らしていた。まぶしさに少し目を細める。

よし、今日もこの身体と歩く。明日のことは、明日の身体に聞けばいい。

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