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静かな秩序が流れる交差点

いつもの交差点にサイレンを鳴らしながら真っ赤な消防車が侵入してきた。

道路にいる車がゆっくり動いたり、止まったりする。

消防車と正対する車列は道を譲る。
しかし、建物の陰から交差点へ合流しようとする車は、一瞬、戸惑う。音はすれども姿は見えず。耳と目の情報にズレが生じているのだ。その一瞬の逡巡に人間としての慎重さが見える。

一台目が過ぎたかと思うと、間髪入れずに第二のサイレン。今度ははしご車だ。しかも、二台とも交差点のすぐ脇にある消防署へ吸い込まれていく。

なぜ、「帰り道」にサイレンを鳴らしていたのか。出動時のサイレンは「どいてくれ、道をあけてくれ」という怒鳴り声だ。だが、帰署する時のサイレンは何を意味するのだろうか。先ほどまでのやんちゃな行動に対して「任務完了、ご協力に感謝!」という平身低頭の姿か。もしかしたら、消防署に戻りつつ隊員を入れ替えて再出発ということか。

そんな詮索を吹き飛ばしてくれたのは、道路に止った車たちだ。

誰が号令するでもなく、運転手のみなさんは一つの共同作業を成し遂げていた。スッと脇に寄る車、ハザードランプで意思表示する車、対向車線の流れを読んで停止する車。そこには、見ず知らずの他者との静かな連携があった。
普段はそれぞれの事情を乗せて走る無関係な車が、この瞬間だけ「公共」という一つの顔を持つ。

ハザードランプの点滅が、まるで心のモールス信号のように見えた。

「ドウゾ」 「アリガトウ」 「オキヲツケテ」

交差点は、ただ道が交わる場所ではない。
人の判断や、思いやりが、ほんの一瞬すれ違う場所でもある。

今日、私は消防車に道を譲る車の列を見ながら、運転手一人一人の優しさを知ることができた。

派手な善意より、こうした静かな秩序が、私たちの平穏な日常を支えているのだと思う。

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