見出し画像

東京が殺伐としていると思っていた、あの頃の自分へ

細い道がある。

東京・多摩地域、住宅が肩を寄せ合うように建つ一角。その路地を歩いていると、住宅の陰からするりと原付バイクが現れた。

おまわりさんだった。

バイクは私の横でふと速度を落とし、ほんの少し、会釈をしてくれた。首が数センチ、傾いただけ。でもその瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。カイロを握ったときのような、あの感じ。
初めて見るおまわりさんだった。当然、私のことも知らない。

私はこれまで、滝川、札幌、大宮、葛飾と、いくつかの街に住んできた。どの街にも原付バイクのおまわりさんはいたはずなのに、会釈をされた記憶がない。いや、正確には——されていたのに、私が気づいていなかっただけかもしれない。どちらにしろ、人の善意を受け取れていなかった可能性がある。それはとても残念な話だ。

上京したての頃、「東京」という言葉には、どこか乾いた響きがあった。人が多くて、みんな前だけ見て急いで歩いている。そういう街だと、勝手に思い込んでいた。
でも、23区の下町でも、この多摩地域でも、人を思う気持ちは、ちゃんと生きていた。見知らぬおまわりさんの一瞬の会釈が、そのことを教えてくれた。

人の心を温めるのに、大きな言葉はいらない。長い時間もいらない。首が数センチ傾くだけで、十分だったりする。

自分のほんのちょっとした仕草で、誰かに優しさを届けられたことが、あっただろうか。


いいなと思ったら応援しよう!

エゾモモンガ70代 よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!