【余白日記】人間の体は「買い替え不可」--それでも生きていく高齢者
65歳になって『高齢者』というラベルを貼られた時でも、仕事では一日200近くのメールを処理したりして、若い人たちと肩を並べていた。
私には『高齢者』という言葉は他人事のように思っていた。
それから暫く経って、ちょっと前まで元気に過ごしていた体に少しずつ異変が起きてきた。
日常生活をしているのに、肩、腰、脚、腹部のどこかが痛くなってくる。
一日置くと痛みがなくなる。
落ち着いたと思ったら、また腰が「ガタが来たよ」と悲鳴を上げ始める 。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機などの家電は、古くなったら「もう駄目だね。使えないね。買い替えよう」となってカタログを見る楽しさがある。
しかし、人間の体はそうならない。残酷な治療のメニューが並ぶだけだ。良かれと思って行った治療で更に痛みを増幅することもある。
深夜、誰にも聞こえない溜息が、静かな寝室の空気に溶けていく 。
痛みに耐えるしかない。
若い時に恋や愛でこころが痛むのはよくわかる。
残念なことだが、老人になると恋や愛でこころが痛む前に体が痛んでしまっている。
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