三浦綾子読書会『あさっての風Ⅱ』

 五月の読書会は、連休真っただ中。それなのに8名と盛況でした。
会場の日本キリスト改革派教会では、現在定住牧師がいないため、神戸の改革派神学校から神学生に遠路はるばる来てもらっています。ダメ元で、土曜日に読書会ありますけど、よければどうぞとお誘いすると、韓国人宣教師の金さんは早めに来てくださいました。金さんは、以前韓国人のお友達と三浦綾子読書会をzoomで参加していたようです。なんと、三浦綾子読書会の輪が韓国までって、すごいですね。国を越えて三浦綾子文学の良さがわかるなんて。

ということもあり、金先生、そして文学学校の生徒さんが2名、そのうちのお一人は、近所に住む初参加の方でした。休会前に一度だけ参加してくださった学校の先生も来られて8名でした。やはりたくさんいると楽しくていいですね。いろいろな考え方に触れることもできました。愛の大切さについて綾子さんは語っていました。

美しい結婚の章で、綾子さんが教会で結婚式をされた時の話がありました。キリスト教での結婚の誓約は神の前で誓うのですが、(遠い昔にしました)、病める時も健やかな時も、と、これからなにがあるかわからない船出の前に誓うことって、今思っても怖いことだなと。愛がない人間だからこそ、神様の前で、契約として、約束するのだと思いました。初参加の80代の方が、キリスト教式で結婚式をされたようで、懐かしがっていたのが印象的でした。

課題本は『あさっての風』の2回目でした。レジュメを貼っておきます。

あさっての風 ~あなたと共に考える人生論~

かけがえのない日々を私たちはどのように生きたらよいのだろうか?愛や病気に悩み、傷つき、生きる自信をなくしたあなた、この限りある命を心豊かに生きるためにはどうしたらよいかを考えているあなたに、今私たちにとって本当に大切なこととは何なのかを問う愛の人生論。人間の原罪を追求し、真実な生き方を描いて数多くの名作を生んだ著者が折りに触れ書き綴った珠玉エッセイ集。

目次
人間のかかわりについて 8章
信と望みと愛と 11章
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美しい結婚 5章     今回はこの章からでした
親と子と教師と 8章
風物によせて 12章

✿美しい結婚
せっかちになるな
l  ほんとうの女らしさ
人はなぜ結婚するのか
l  姉さん女房
l  神と夫との共同生活

✿親と子と教師と
l  子どもと淋しさ
l  自分ひとりの思い
l  わが父を語る
l  教えられた話
l  母よ自由であれ
l  かけがえのない命
l  子どものゆくて/非行は親の生き方がかなり影響
本当の教師とは?

✿風物によせて
六月とわたし
l  水芭蕉
l  夢日記
l  闇の匂い
l  雪女郎と少女の頃のわたし
l  お正月の想い出
l  雪の旭川
美しいわがふるさと
l  伊藤整先生のこと
l  学説様々
l  噂あれこれ
l  「どうもありがとう」の一言

風物によせての美しいわがふるさとにはたくさんの人の名前がでてくるので、紹介記事を作りました。

風物によせて<美しいわがふるさと>に出てくる人たち

★大町 桂月(おおまち けいげつ、1869年3月6日明治2年1月24日)- 1925年大正14年)6月10日)は、高知県出身の詩人歌人随筆家評論家。作品は韻文随筆紀行、評論、史伝、人生訓など多彩であった。格調高い文体から擬古派と言われた。和漢混在の独特な美文の紀行文は広く読まれた。桂月は北海道層雲峡羽衣の滝の名付け親でもある。北海道各地を旅行してその魅力を紀行文で紹介した。大雪山系黒岳の近くには、彼の名前にちなんだ桂月岳という山がある。

★小熊 秀雄(おぐま ひでお、1901年9月9日 - 1940年11月20日)は、日本の詩人小説家漫画原作者画家である。1935年に『小熊秀雄詩集』長編叙事詩集『飛ぶ橇』で詩人としての地位を確立、自由や理想を奔放に歌い上げる作風で、詩壇に新風を吹き込んだ。詩作にとどまらず、童話評論絵画など幅広い分野で活躍した。

樋口作太郎
北海道アララギ派歌人 昭和30年頃会誌の選歌をしていた

★徳冨 蘆花(とくとみ ろか、1868年12月8日明治元年10月25日) - 1927年昭和2年〉9月18日)は、日本小説家。ベストセラーとなった小説『不如帰』(1899年)や、キリスト教の影響を受けた自然描写作品『自然と人生』(1900年)などで知られる。長編小説『不如帰』で文名を得、随筆『自然と人生』で独自の自然文学を結実させた。『不如帰』の執筆のきっかけとなった伝聞は、その頃、原宿近所の穏田ネッコ坂の陸軍の大物、大山巌が後妻大山捨松と再婚した事、大山巌と前妻の息女が病弱であった事などで、これを事実に無関係に脚色をしたのが『不如帰』だった[3]。蘆花はこの作品により捨松が事実無根の悪人に仕立て上げられた事で不幸な目に遭っているのを黙殺しつづけ、1919年に捨松が危篤になる間際にようやく謝罪をした。

★斎藤 茂吉(さいとう もきち、1882年〈明治15年〉5月14日[注 1] - 1953年〈昭和28年〉2月25日)は、日本歌人精神科医伊藤左千夫門下。大正から昭和前期にかけて活躍したアララギの中心人物。日本芸術院会員、文化功労者文化勲章受章者。
精神科医として、青山脳病院(2010年〈平成22年〉3月に閉鎖された東京都立梅ヶ丘病院や斎藤病院)の院長を務めた。次男は精神科医・随筆家・小説家北杜夫

小説でもエッセイでも、各人のフィルターを通してみると、同じものでも違ってみえます。そういう点で深掘りタイムにみなさんに喋ってもらうようにしています。ああ、そんな見方もあるんだとか、わかるわかると共感できたり、参加者を知ることもできて楽しい時間です。

深掘りタイム
どれか一つお答えください。

●結婚についての綾子さんの考えが述べられています。
結婚している方は、結婚式をした時のことを思い出して、どんな思いだったのか教えてください。独身の方は、ご両親の結婚時のお話を聞いたことがあれば教えてください。

●教師像についての綾子さんの考えが述べられています。
学生時代に印象に残る先生はいますか。尊敬する教師がいれば教えて下さい。現在教師として働いている方、どういう教師でありたいと思い働いていますか、教えてください。

●美しいふるさととして北海道のことが語られています。あなたの美しいふるさとについて教えてください。北海道に行ったことがある方は、そのことについてお話いただいてもかまいません。

みなさん一緒にやってみましょう。
 
美しい結婚p125に聖書の箇所の引用があります。
有名なコリントの信徒への手紙の愛について書かれた章です。自分の愛の深さをテストするにはこの箇所を読んでみることであると綾子さんは語っています。愛のところに私を入れて言ってみましょう。そしてどんな思いがしたか、感想を教えてください。

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。
— コリントの信徒への手紙一 13:4-7 (新共同訳) 

そして今回のとっておき。聖書のコリント人への手紙にある有名な愛の章にある節に自分の名前を入れていってみるという体験をみなさんにしてもらいました。やってみると、恥ずかしくなりますね。背中が痒くなると言った方も。みなさんもよければやってみませんか?


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