第2話『恐怖蝙蝠男』
TV版第2話の映像を脳内で再生しながら、その「裏側」に流れる冷徹な意図を読み解いてください。
仮面ライダー 再構築版:第2話『断絶の吸血』
【アバンタイトル】
夜のマンションは、静かすぎた。
モデルの山野美穂は、仕事帰りの疲れを引きずったまま、自室のある階へ降り立った。高級マンション特有の、生活音を吸い込んでしまうような厚い沈黙。廊下の奥で非常灯だけが、緑色の鈍い光を落としている。
彼女がバッグから鍵を取り出そうとした、その瞬間だった。
壁から剥がれるように、黒い影が現れる。
蝙蝠男。
それは伝承に出てくる吸血鬼のような怪異ではない。もっと工業的で、もっと冷たい存在だった。首筋へ食らいついた牙から流し込まれたのは、血を奪う毒ではなく、脳神経へ直接侵入する遠隔制御用ナノマシンだった。
美穂の目が、一瞬だけ怪しく光る。
それは呪われた印ではない。彼女の意識がショッカーのメインサーバーと同期し、「生体カメラ兼暗殺ユニット」へ移行した合図だった。
彼女はゆっくりと立ち上がる。
悲鳴も上げず、助けも呼ばず、ただ何事もなかったように扉を開け、自室へ戻っていった。
この夜、最初に失われたのは血ではない。
「隣人が人間である」という、市民の最も基本的な信頼そのものだった。
【バイクレース】
本郷猛は、レースで優勝した。
昼のサーキットには歓声が渦巻いていた。エンジン音、焼けたタイヤの匂い、色鮮やかな旗。若さと速度と勝利。それらは昨日までの本郷にとって、疑いようのない現実だった。
だが、今の本郷には、その歓声が遠かった。
体の奥に、常に別の何かがいる。
握るだけで壊れる。避けるだけで傷つける。そんな身体を持ったまま、彼は勝者の壇上に立っていた。
花束を持った女性が歩み寄ってくる。
山野美穂。
観客にとっては、それは何の変哲もない表彰シーンだった。だが本郷は、彼女の目を見た瞬間に凍りつく。そこには、生きた人間特有の揺らぎがなかった。
「君は――」
次の瞬間、美穂は牙をむいた。
花束を差し出す所作の続きのように、彼女は本郷の喉笛へ襲いかかる。本郷は反射的にかわした。人間としてではない。改造人間として。
その速度、その力、その回避動作。
美穂の体は勢いを失い、そのまま壇上へ崩れ落ちた。
花束が散る。
観客がざわめく。
カメラは回り続ける。
本郷は倒れた彼女に駆け寄った。だが、その目はもう、何も映していなかった。
彼女の死は、本郷暗殺の失敗ではない。
最初からその目的は別にあった。
「本郷猛は、人を死なせる危険分子である」
その印象だけを残すための、極めて高価で、極めて効率的な捨て駒。
物陰では黒衣の観測員が、その一部始終を記録していた。本郷が女の死を前にどんな顔をするか。どれほど深い罪悪感を抱くか。心拍、呼吸、視線の滞留、瞳孔の反応。その全てがデータとして回収されていく。
ショッカーが欲しているのは、改造人間の強さだけではない。
「自分は人間を殺してしまった」と信じ込む、その精神の揺らぎだった。
【セーフハウス】
人気のない部屋で、本郷はひとり、グラスを握っていた。
窓は閉ざされ、昼の光も薄い。そこは隠れ家というより、逃げ場を失った者の仮置き場に近かった。
「俺は……何になったんだ」
つぶやいた瞬間、無意識に指へ力が入る。
グラスは乾いた音を立てて砕けた。
掌に破片が刺さる。血がにじむ。だが痛みより先に押し寄せたのは、恐怖だった。自分の力で、日常の物が日常の形を保てない。その事実が、本郷を静かに追い詰める。
そこへ立花藤兵衛が入ってくる。
「無茶をするもんじゃない」
立花は穏やかな声で救急箱を開き、本郷の手を取った。血を拭き、破片を抜き、包帯を巻く。その仕草は慈愛に満ちていた。だが、その手つきは同時に、本郷の筋肉の緊張、脈拍、体温を正確に読み取っていた。
「俺は、もう人間じゃない」
「そんなことはない」
「避けただけで、人が死んだんだぞ」
「おまえが殺したわけじゃない」
立花はそう言って、わずかに間を置いた。
そして、本郷の逃げ道を塞ぐように、静かに言う。
「その力はな、正義のために使えばいい」
救いの言葉のようでいて、それは鎖でもあった。
おまえはもう普通には戻れない。ならば戦え。苦しみながら戦え。その矛盾の中で、おまえの力は最大化する。
立花藤兵衛は、本郷を励ましているようでいて、その実、葛藤を消さないように丁寧に管理していた。
慈愛の師。
だがショッカーにとっては、最も優秀なメンタル調整役だった。

【マンションの調査】
本郷は山野美穂の部屋を調べるため、あのマンションを訪れた。
廊下は昼でも静かだった。静かすぎた。住人たちは皆、普通の顔をしている。スーツの男、買い物帰りの女、子を抱く母親。だがその日常の配置が、どこか作り物じみていた。
悲鳴が響いたのは、本郷が廊下の角を曲がった時だった。
一人の女が、男の首筋へ噛みつこうとしている。
「やめろ!」
本郷は駆け寄り、女を押さえつける。男は転がるように逃げていく。本郷はその背に向かって叫んだ。
「早く行け!」
だが次の瞬間、廊下の奥から男の悲鳴が響いた。
短く、喉を裂かれたような声。
本郷が振り返ると、押さえつけた女はうつ伏せのまま、かすかに笑っていた。目だけが、あの不気味な光を宿している。
美穂の部屋へ踏み込む。
整った家具。使いかけの化粧品。雑誌。生活の痕跡。しかしそこには、個人の匂いが奇妙なほど薄かった。まるで「普通の生活」を模した展示室のようだった。
その闇の奥から、蝙蝠男が現れる。
「このマンションの内部はショッカーの人体実験室だ」
廊下の各部屋で、一斉に扉が開く音がした。
住人たちが、ゆっくりと姿を現す。
老若男女。誰も彼も、外見は普通の市民のままだ。だが目の奥だけが死んでいる。隣人の顔をしたまま、もう隣人ではない。
このマンションは単なるアジトではなかった。
「ショッカーの保護下に入れば不死を得られる」
そう信じ込まされた志願者たちの社会実験場だった。病を恐れる者、老いを恐れる者、孤独を恐れる者。彼らは国家より先にショッカーを選ばされ、そして選ばされたことにすら気づいていない。
住人たちが一斉に本郷へ襲いかかる。
本郷は殴れない。怪人ではなく、市民だからだ。
しかし押し返すだけでも強すぎる。腕を払えば壁に叩きつける。引き剥がせば関節が軋む。彼の力は、一般人を「助ける」には過剰だった。
そして、その様子はマンション中の監視カメラで記録されていた。
ショッカー本部だけではない。
政府首脳、警察上層、軍関係者。彼らの一部へも、編集前提の実験映像が配信されていた。
一般市民へ暴力を振るう仮面ライダー。
制御不能な脅威。
この怪物に対処するには、より強い管理と、より強い軍事力が必要だ――。
それがショッカーの見せたい結論だった。
【風圧変身】
住人たちの群れを前に、本郷はベランダへ追い詰められた。
眼下には夜の道路。背後には人間の顔をした群衆。彼らは被害者であり、同時に加害装置でもある。ここで戦えば市民を壊す。だが戦わなければ、自分が壊れる。
本郷は柵に手をかけ、飛び降りた。
落下。
風圧。
その瞬間、体内の変身機構が起動する。
風を受け、ベルトの風車が回転し、全身が緑の戦闘体へ変わっていく。仮面ライダー。
だがその変身と同時に、本郷の脳内へ強烈な快感物質が流れ込んだ。
戦うことが気持ちいい。
壊すことが、ほんの一瞬だけ、心地いい。
その事実に本郷自身が戦慄する。
ショッカーは強い肉体を与えただけではない。破壊行為そのものが報酬になるよう、本郷の神経系そのものを設計していた。
ライダーは壁を蹴り、屋上へ跳ぶ。
そこに待っていた蝙蝠男が、超音波めいた不快な音を撒き散らしながら襲いかかる。
赤い警告灯が回る屋上で、二つの異形が激突した。
拳がぶつかる。
蹴りが閃く。
蝙蝠男の爪が装甲を裂き、ライダーの一撃が怪人の胸を軋ませる。映像だけ見れば、怪奇アクションそのものだ。だが、その内側ではもっと恐ろしいことが起きていた。
本郷は敵を殴るたび、一瞬だけ快楽を覚えてしまう。
そのたびに、自分が怪人へ近づいていくようで怖かった。
「気づいたか、仮面ライダー」
蝙蝠男が笑う。
「おまえのその力は、敵を倒すほど完成に近づく」
本郷は叫ぶように跳び、最後の一撃を叩き込む。
蝙蝠男の体が大きく吹き飛び、屋上の外へ消えた。
勝った。
だが、本郷の中には勝利の実感がなかった。
ただ一つ、消えない感覚だけが残っていた。
「殺すのが楽しい」と、一瞬でも思ってしまった自分への恐怖。
【ショッカー本部】
冷たい沈黙の中、戦闘員が報告する。
「人間蝙蝠の音波、途絶えました」
暗がりの奥から、首領の声が響いた。
「問題ない。自己催眠ができる」
その言葉の意味を、戦闘員は理解しない。
だが幹部たちは知っていた。
それは蝙蝠男のことではない。
大衆のことだ。
隣人が怪物になるかもしれない。
国家はもう市民を守れないかもしれない。
仮面ライダーという制御不能な暴力が存在するかもしれない。
その恐怖が、ニュースになり、噂になり、家庭の会話に入り込み、人々が自ら「もっと強い管理」を望むようになれば、もう直接の洗脳は不要になる。
大衆は、自分の意志で鎖を選ぶ。
それを首領は「自己催眠」と呼んだ。
「仮面ライダーは、よく働いている」
首領のその一言で、会議は終わった。
本郷猛の勝利すら、まだショッカーの掌の上だった。
【次回予告】
ショッカーが次に差し向けるのは、毒と執念をその身に埋め込まれた蠍男。
しかもその正体は、本郷猛の過去を知る男――早瀬だった。
るり子に迫る魔の手。
揺らぐ本郷の拳。
そして立花は、またしても“正義”の名で本郷を戦場へ押し出していく。
次回、仮面ライダー『怪人さそり男』。
【執筆後記】
今回の第2話では、TV版の「恐怖蝙蝠男」にある怪奇性をそのまま活かしつつ、裏側では”社会が管理を受け入れるための恐怖の下地作り
”として再構築しました。
特に意識したのは、蝙蝠男を単なる怪人ではなく、隣人への信頼を破壊するための装置として描くことです。
そして本郷猛は、怪人を倒しているつもりで、実際にはショッカーの描く世論形成に加担させられていく。
また、立花藤兵衛は今回も「優しいおやっさん」のままです。
ですがその優しさは、本郷の苦悩を和らげるためではなく、苦悩を消しすぎないよう調整するための優しさでもあります。
TV版第2話を見返すと、花束のシーン、マンションの不気味さ、風圧変身、屋上決戦の見え方がかなり変わるはずです。
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