見出し画像

高校生がローンで買ったPC-9821Cx2の話

はじめて自分で買ったパソコンのことを、今でもよく覚えている。

NECのPC-9821Cx2。高校生のとき、ローンを組んでバイト代で返済しながら手に入れた一台だ。当時の価格は40万円前後だった。今の感覚で言えば、高校生が自力で買うには相当に無謀な金額だ。それでも欲しかった。

PC-9821Cx2とはどんなマシンだったか

PC-9821Cx2 S17Tは、NECが1995年頃に発売したPC-98シリーズのデスクトップ機だ。CPUはPentium 75MHz、メモリは8MB、HDDは850MB。モデムとFAXも内蔵していた。今のパソコンと比べると、あらゆるスペックが桁違いに低い。

ただ、当時はこれが「最新鋭」だった。OSはWindows 3.1を標準搭載していたが、まだMS-DOSの色が色濃く残っていた時代で、コマンドを打てないと何もできない場面も多かった。CD-ROMドライブが内蔵されていて、TVチューナーも搭載。17インチの大型モニタにステレオスピーカーまでついていた。マルチメディア対応を謳っていた時代の、全部入りの一台だった。パソコンでCDが読める、テレビまで見られる、それだけで特別な時代だった。

何に使っていたか

使い道はいくつかあった。

ゲームはよくやった。PC-98はゲームプラットフォームとして当時非常に充実していて、名作と呼ばれるタイトルが揃っていた。ゲームのためにこのマシンを選んだと言っても過言ではない。

プログラミングの勉強も始めた。CとCOBOLを触り、簡単なプログラムを書いては動かした。コードを打ち込んで画面が変わる、その体験が今の仕事につながっている気がしている。

インターネットにも繋いだ。テレホーダイの時間帯、夜11時になると電話回線でダイヤルアップ接続する。モデムがジーコジーコと音を立てて繋がる瞬間の、あの独特の緊張感は今でも思い出せる。PC内蔵のモデムは14.4kbps。今の光回線と比べると、数千分の一の速度だ。

デザインや制作もこのマシンで始めた。グラフィックツールで絵を描いたり、高校卒業後にはFlashでアニメーションなどを制作した。「パソコンで何かを作る」という感覚を、このマシンが教えてくれた。

40万円を高校生が払うということ

今考えると、よく親がローンの保証人になってくれたと思う。当時のバイト代は時給600円台。毎月コツコツ返済しながら、壊さないように丁寧に使っていた。部屋の中で一番高価なものがパソコンだった時期が、しばらく続いた。

本体代を払い終わっても、出費はそれで終わらなかった。高校時代にはメモリの増設もした。8MBの増設メモリが6万円前後。今の感覚では信じがたい価格だが、当時のメモリはそういう世界だった。時給600円台のバイト代から捻出するには、また相当な覚悟が必要だった。

高校を卒業してからは、CPUの下駄履きにも手を出した。下駄とはソケット変換アダプタのことで、これを使うと本来対応していない新しいCPUを古いソケットに装着できる。メルコなどのサードパーティが販売していたアクセラレータで、AMD K6-2の350MHzに載せ替えた。元のPentium 75MHzから一気に4倍以上のクロックに化けた計算だ。価格は2万円前後で、メモリ増設の6万円と比べると手頃になってきた時代だった。自分でケースを開けてパーツを交換する、そのプロセス自体が楽しかった。壊れたらどうしようという緊張感と、起動したときの達成感。あの感覚は今でも覚えている。

それだけ必死で向き合ったからか、使い方も真剣だった。何時間でも画面の前に座っていられた。ゲームも、プログラムも、インターネットも、すべてが新鮮だった。「コンピュータで何でもできる」という根拠のない確信が、あの頃から自分の中にある。社会人になるまで、擦り切れるほど使い倒した一台だった。

今のPCと並べてみると

いま使っているWindowsのデスクトップと並べて考えると、隔世の感がある。処理速度、メモリ、ストレージ、画面解像度、すべてが比較にならない。重さも、消費電力も、起動時間も、何もかもが変わった。

でも、パソコンの前に座って何かをする、という行為の本質は変わっていない気がする。コードを書いて動かす、何かを作って画面に表示させる、その喜びはPC-9821Cx2の時代から今も同じだ。

あのマシンにローンを組んで向き合った高校生の自分が、今もどこかにいる。

いいなと思ったら応援しよう!