DCFの詳細①―全体感と割引率の設定
前回の記事では、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くというDCFの考え方と、永久成長法・ターミナルマルチプル法によるターミナルバリューの計算方法の基本を説明しましたが、今回からは何回かに分けて実際にDCFを計算する際の各論を解説しようと思います(1株当たり価値の計算まで書こうかと思いましたが長くなりすぎました。。)
DCFは一見すると複雑そうですが、やっていることを大きく分けると、以下の5段階にすぎません。
将来のフリーキャッシュフローを予測する
割引率を設定する
ターミナルバリューを計算する
企業価値から株式価値を導く
株式価値を株数で割って1株当たり価値を計算する
以下、それぞれ詳しく見ていきます。
1. DCFの全体感
一般的なDCFでは、まず会社の売上高や利益、設備投資などを予測し、そこから年度ごとのフリーキャッシュフローを計算します。
前回の記事でも説明したとおり、企業価値評価で使用するフリーキャッシュフローは、概ね以下の式で計算されます。
FCF
=税引後営業利益
+減価償却費
-設備投資
-運転資本増加額
税引後営業利益は、一般的には次のように計算します。
税引後営業利益
=営業利益×(1-実効税率)
この税引後営業利益は、NOPAT(Net Operating Profit After Tax)と呼ばれることもあります。
したがって、FCFの計算式は次のように表すこともできます。
FCF
=NOPAT
+減価償却費
-設備投資
-運転資本増加額
ここで重要なのは、このFCFが借入金の利息や返済を反映する前のキャッシュフローだということです。
営業利益から計算を始めるため、支払利息は控除しません。また、借入金の調達や返済もFCFには含めません(含めてしまうと借入・返済方針まで予測する必要があり、事業そのもののCFと資本政策によるCFが混在してしまうため)
このような、株主と債権者の双方に帰属するキャッシュフローは、FCFF(Free Cash Flow to Firm)と呼ばれます。
FCFFを割り引いて計算されるのは、株式だけの価値ではなく、事業全体の価値である企業価値です。そのため、割引率にも株主と債権者の双方が要求する利回りを反映する必要があります。これが、次に説明するWACCです。
通常、FCFは5年程度の期間について個別に予測し、それより後の期間は前回の記事の通りターミナルバリューとして一括で計算します。
例えば、5年間を予測期間とする場合の企業価値は、次のようになります。
企業価値
=1年目のFCFの現在価値
+2年目のFCFの現在価値
+……
+5年目のFCFの現在価値
+ターミナルバリューの現在価値
2. 割引率の設定
前述のFCFFを割り引く際には、通常、WACC(加重平均資本コスト)を使用します。
WACCは、株主が要求する収益率である株主資本コストと、銀行や社債投資家などの債権者が要求する金利である負債コストを、株式と負債の構成比率で加重平均したものです。
数式で表すと、概ね以下のようになります。
WACC
=株主資本コスト×株式比率
+負債コスト×(1-実効税率)×負債比率
負債コストに(1-実効税率)を掛けるのは、支払利息が原則として税務上の損金(コスト)となり、法人税を減少させる効果があるためです。これを利息のタックスシールドと呼びます。
2-1. 株主資本コスト
株主資本コストは、一般的にはCAPMという考え方を使って計算します。
株主資本コスト
=リスクフリーレート
+β×株式リスクプレミアム
リスクフリーレートとは、信用リスクがない(信用リスクを気にしなくて良い)資産から得られる利回りです。通常は、評価対象会社のFCFと同じ通貨の長期国債利回りを使用します。
例えば、米ドル建てのFCFを割り引くのであれば米国債、日本円建てのFCFを割り引くのであれば日本国債の利回りを使用するのが基本です(流動性や市場の厚み(適切にプライシングがされているか)、金融実務における常識等諸々を勘案して日米ともに10年債の利回りを使うことが多いです)。
蛇足ですが、国債は基本的には固定金利で、満期まで約束された年利息を額面金額で割ったものが利率(固定金利の率)であり、同じ利息を市場で付いている国債価格で割ったものが利回りとなります。繰り返しですが発行当初の価格ではなく直近の市場価格を重視するため、利率でなく利回りを使用します。
株式リスクプレミアムとは、株式市場への投資によって、リスクフリー資産を上回ってどの程度の収益率が要求されるかを示すものです。
βは、その会社の株価が市場全体に対してどの程度大きく動くかを表す指標です。
例えばβが1であれば市場と同程度、βが1.5であれば市場の1.5倍程度の価格変動リスクがあると考えます。
CAPMについてもう少し補足しておくと、上の式を見れば分かりますが、株主資本コストは中学で習う1次関数の形になっています。
βというのは市場全体との連動性を示すので、マーケットが上がった時に下がり、下がった時に上がるというおかしな銘柄でもない限り通常はプラスとなります。そうすると、ざっくりですが株主資本コストの最小値はβがゼロであるときとなり、それはリスクフリーレートに等しくなります。(統計に詳しい方がいれば、βというのは数学的には個別銘柄とマーケットの共分散÷マーケットの分散として求めるので、相関係数っぽいものと考えていただいた方がピンとくるかもしれません)
ただ、株を買う以上リスクフリーレート以上のリターンは当然要求されるわけで、TOPIXやS&P500など、それがマーケット全体であると言えるような指数(ETF)はβ≒1のため、買い手はリスクフリーレートに株式全体に要求されるリスクプレミアムを加算したリターンを要求していると考えられます。
これが例えばβ=2.0のような銘柄の場合、例えば日本株だとTOPIXが1%上がるとその銘柄は理論上2%上がる一方で、TOPOXが1%しか下がらなくとも2%も下がってしまうわけです。このような銘柄にはTOPIXを買うとき以上のリターンが要求されるだろうということで、βが(マーケット全体の)リスクプレミアムにかけられる係数として出現するというわけです。
数値例も示しておくと、仮に、
リスクフリーレート:4%
β:1.2
株式リスクプレミアム:5%
とすると、株主資本コストは、
4%+1.2×5%=10%
となります。
もっとも、βは計測期間や比較対象とする市場指数によって変わりますし、過去の株価変動がそのまま将来の事業リスクを表すとも限りません。
個人投資家がDCFを行う場合には、βから機械的に一点の割引率を決めるよりも、例えば8%、9%、10%といった複数の割引率で計算し、結果がどの程度変化するかを確認する方が実用的だと思います。
2-2. 負債コスト
負債コストには、会社が新たに借入れや社債発行を行う場合に要求される金利を使用するのが基本です。
既存借入金の平均金利を使う方法もありますが、過去に低金利で調達した借入金が多い場合、現在の資金調達コストを適切に反映できない可能性があります。
上場会社で社債の利回りを確認できる場合には、その利回りを参考にできます。確認できない場合には、支払利息を平均有利子負債で割った数値や、会社の信用格付けに対応する市場金利などを参考にします(個人投資家レベルであればよほど負債比率が高く特殊な資金調達をしている会社でもなければ過年度の支払利息を平均有利子負債で割って求めれば十分だと思いますし、それであればAIに聞けばすぐに教えてくれます)
2-3. 株式と負債の比率
WACCの加重平均に使用する株式と負債の比率は、原則として簿価ではなく時価を使用します。株式の時価は、株価に発行済株式数を掛けた時価総額です。
が、これだけだとただの教科書の書き写しになってしまうので補足しておくと、簿価でなく時価を使うのは、DCFでは「その会社が過去にどのような条件で資金を調達したか」ではなく、「現在、その事業に投資する投資家がどの程度のリターンを要求するか」を考える必要があるためです。例えば、過去に低金利で調達した借入金が残っていたとしても、現在同じ会社が新たに資金調達する際には、より高い金利を要求される可能性があります。株式についても同様で、既存株主が過去にいくらで株式を取得したか、ではなく、現在その株式を購入する投資家が要求するリターンが重要になります。
(なお、一般的に負債よりも株式の方が要求リターンは高いので、株価が上がって株式比率が高まるほどWACCも高くなりそうですが、会社が大きくなって安定してくるほど負債調達もしやすくなりベータも低下する傾向にあるので、必ずしもそうなるわけではないと言えます)
一方、負債については時価の取得が難しいことが多いため、簿価を時価の近似値として使用することが多いです。
また、さらっと時価総額を使うと書きましたが、そもそも時価総額を使うなら株式価値の算定なんて必要ないじゃん、という話になってしまいます(一方で、算定した株式価値を使うとそれはそれで循環計算になってしまいます)
ですので、実務では会社が長期的に目標とする資本構成や、同業他社の資本構成を参考にする場合が多いです。
このように、WACCには複数の推計値が含まれます。
そのため、DCFにおいて「正しいWACCが一つだけ存在する」と考えるよりも、合理的な範囲を設定して感応度を見ること一般的です。
今回はこの辺りで。ありがとうございました。
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