弱点をリサイクルする
人は誰しも弱点を持っている。
苦手なこと。
うまくできないこと。
努力してもなかなか改善しないこと。
そして多くの人は、その弱点を克服しようとする。
もちろん、それが必要な場面もある。
けれど私は最近、別の考え方をするようになった。
弱点は克服するものではなく、利用するものではないか。
そもそも人は、自分の得意不得意を正確に把握できているとは限らない。
自分から見た評価と、周囲から見た評価は意外とずれているものだ。
私にとって、人に教えることは苦手なことの一つだ。
説明していても、
「伝わっているだろうか」
「別の言い方の方が良かったのではないか」
そんなことばかり考えている。
ところが、周囲の評価は違った。
なぜか指導係になる。
新人教育を任される。
教えるのが上手いと言われる。
正直、今でも少し不思議に思っている。
私は教えることが得意だとは思っていない。
それでも任される理由を考えたとき、一つの答えにたどり着いた。
私は教えることを苦手だと思っているから、だ。
苦手だから確認する。
苦手だから準備する。
苦手だから相手の反応を見る。
苦手だから説明の仕方を変える。
もし最初から得意だと思っていたら、ここまで気にしていなかったかもしれない。 弱点だと思っているからこそ、工夫する。そして、その工夫が結果として評価されている。
そう考えると、弱点は必ずしも悪いものではない。
弱点があるから慎重になれる。
弱点があるから学び続けられる。
弱点があるから相手の立場を考えられる。
もちろん、改善できるものなら改善した方がいい。
しかし、すべての弱点を克服しようとすると苦しくなる。
人には向き不向きがあるからだ。
だから私は最近、「どうやって克服するか」よりも、「どうやって利用するか」を考えるようになった。
忘れやすいなら仕組みを作る。
心配性なら確認作業に活かす。
人前で話すのが苦手なら準備を徹底する。
弱点を消そうとするのではなく、役割を与える。
その方がずっと現実的だと思う。
あなたが弱点だと思っているものも、本当にただの弱点だろうか。
もしかすると、その弱点があるからこそ生まれている工夫や価値があるかもしれない。
弱点をなくすことばかり考えるのではなく、一度こう問いかけてみてほしい。
この弱点は、どう利用できるだろうか。
その問いの中に、自分だけの強みが隠れていることもあるかもしれない。
