壁は、挑戦者の前だけに現れる。
挑戦しているあなたの前に、
必ず現れるものがある。
それは、壁。
資格勉強、受験
スポーツ、音楽
芸術、ビジネス
どんな分野でも、挑戦している人の前には
必ず現れる。
最初は楽しい。
できなかったことができるようになって
昨日の自分より少し前に進めた気がして、
それだけで嬉しい。
もっと上手くなりたい。
もっと先へ行きたい。そう思って進んでいく。
けれど、ある日突然。
手応えが、消える。
どれだけやっても伸びている気がしない。
むしろ、前よりできなくなったように感じる。
そこで、多くの人はこう思う。
「自分には才能がないのかもしれない」
焦り。不安。苛立ち。
静かに、でも確実に心を削ってくる。
今の私も、まさにその壁の前にいる。
正直、高い。
見上げるだけで、ため息が出るくらいには。
でも、不思議なことに。
これまで越えてきた壁を思い返すと、
越える前はどれも同じように高く見えていた。
そして越えてしまえば、案外こう思う。
「なんだ。こんなものだったのか」
今回もきっとそうだ。
壁は、才能がない証拠じゃない。
そこまで進んできた、証だ。
そして越えたころにはまた
次の壁がしれっと現れる。
何度もぶつかるなかで、ひとつの解決策が見えてきた。
それは、他者の視点を借りること。
誰かがふと口にした言葉。
アニメの名シーン。
胸に残る音楽。
哲学者が残した問い。
そのひとつひとつには、誰かの経験や失敗
葛藤が詰まっている。
簡単に生まれた言葉じゃない。
何度も壁にぶつかり
悩みもがきながらたどり着いた景色が
そこにはある。
私はそこから、その人たちの経験を
少しだけ分けてもらうことにした。
自分ひとりでは思いつけなかった視点を受け取り、自分の経験値として積み重ねていく。
すると
見えなかった突破口が見えてくることがある。
もちろん、楽じゃない。
正直、投げ出したくなる。
答えを探しているその最中も
壁は目の前にある。
焦りも、不安も、消えてはくれない。
でも最近は、こう思うようになった。
消す必要なんて、ないのかもしれない。
焦りも不安も、壁を前にしている証拠だから。
だったらそれも含めて、向き合えばいい。
乗り越えるべきなのは
目の前の壁だけじゃない。
その壁を見て揺れる、自分の心でもある。
それでも、どうしても越えられない時もある。
そんな時は、いったん離れてもいい。
素直に手放す。
それもまた、自分で出した答えのひとつだ。
今、越えられなかっただけ。
これから先もずっと越えられないという
意味ではない。
違う分野に挑戦した時。
まったく関係ない経験をした時。
ふとした瞬間に、「あの壁の越え方」が見えることがある。
遠回りに見えた道が、あとから最短ルートだったと気づくこともある。
挑戦している限り
壁は何度でもあなたの前に現れるだろう。
何度も、しつこいくらいに。
しかも前より高くなって。
まるでこちらの成長を見計らっていたみたいに。
でも、もしまた立ち止まったなら
ここに戻ってきてほしい。
私はここで待っている。
私自身もまた
どこかで新しい壁にぶつかりながら。
最後に。
私が壁にぶつかった時、
何度も思い出す言葉を残しておきます。
ハイキュー!!で
及川徹が
ホセ・ブランコ監督からかけられた言葉。
自分の力の上限をもう悟ったていうのか
技も体も精神も何ひとつできあがってないのに
自分より優れた何かをもっている人間は生まれた時点で
自分とは違っている
それを覆すことなど、どんな努力・工夫・仲間をもってしても
不可能だ
そう嘆くのはすべての正しい努力を尽くしてからで遅くない
自分は天才とは違うからと嘆きあきらめる事より
自分の力はこんなものではないと信じて
ひたすらまっすぐに道をすすんでいくことは
つらく苦しい道であるかもしれないけれど
この言葉が今の私の支えになっている。
