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A4怪談14「解体新書」


大学の講義の終わりに、ある教授がこんな話をした。

「皆さんは“解体新書”という本を知っていますね」

学生たちはうなずく。

日本の医学史では有名な本だ。

江戸時代、オランダの解剖書を翻訳して作られた。

日本で最初の本格的な人体解剖の書物。

教授は黒板にゆっくりと 解体新書 と書いた。

「普通、この本は“日本医学の始まり”として語られます」

「ですが、私は学生の頃に少し妙な話を聞きました」

それは教授が大学院生だったころ。

医学史の研究で、古い資料室を使っていたときのことだという。

そこには江戸時代の写本や記録が大量に保管されていた。

ある日、教授は一冊の古い帳面を見つけた。

解体新書の翻訳作業に関わった誰かの日記だった。

そこには解剖の様子が細かく書かれていた。

当時の医者たちは、処刑された罪人の遺体を使って解剖をしていた。

そして、西洋の解剖書と人間の体を見比べていた。

日記の前半は普通だった。

骨の形が同じだった。臓器の位置もほぼ一致していた。それで彼らは驚いた。

「西洋の書物は正しい」そう確信したらしい。

ところが、日記の後半になると内容が少し変わってくる。

書き手はこんなことを書いていた。

「書物と人体は、ほとんど一致する。

しかし、一つだけ書物に無いものがある」

教授はそこを読んだとき、気になって続きを見たそうだ。

そこには、こう書かれていた。

「胸の奥、心の裏、肺の間に見慣れぬ袋あり」

書物にはそんな器官はない。

だから最初は見間違いだと思った。

しかし次の解剖でも、その次でも、

必ず同じ場所にあった。

しかも、その袋は奇妙だった。中身が空ではない。

でも臓器でもない。

触ると柔らかく、脈のようなものもない。

ただ、微かに動く。

日記の文字はそこから少し乱れていく。

「書物にないものを書くべきか迷う

もし書けば医学は変わる。しかしもしこれが人の本当の内なら」

そして最後のページ。そこにはこう書かれていた。

「解体新書には、これを書かなかった。

書いてはならぬ なぜなら

そこで日記は終わっていた。

講義室で誰かが手を挙げた。

「その袋って、結局なんだったんですか?」

教授は少しだけ笑った。そして静かに言った。

「実は解体新書に載っている人体図には、一箇所だけ妙な空白があります」

教授は黒板に人の胸の絵を描く。

そして、心臓の裏あたりに小さく丸を描いた。

「翻訳者はここに何も描かなかった、でももし日記が本当ならそこには」

「全ての人間の中にある別の何かがあった」 

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