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どうせなら、人生を面白がってみよう

文明は進歩し、昔よりもずっと生きやすくなっているはずなのに、なぜか心は苦しい。
SNSやネットがあって、誰かと簡単につながれるはずなのに、孤独は深まるばかり。
物に囲まれ、自由もある。なのに、生きるのがつらい──

そんな時代を、僕たちは生きているのかもしれません。

僕も、かつてそうでした。
子どもの頃、僕はいつも父親の顔色を窺っていました。
怒らせないように、逆鱗に触れないようにと、いつも神経を張り詰めていた。
その緊張は、大人になっても消えませんでした。
人の機嫌に過敏になり、自分の意見が持てず、白か黒か、極端に走りがちな性格になっていた。
不安定な心を抱えたまま、なんとか“普通”を演じて生きていたんです。

そんな僕に、ある日突然、パニック障害が襲いかかりました。
心が安心できる場所がなくなり、家にいても発作が起こるようになった。
大学に行けない時期もありました。
最初のうちは現実を受け入れられず、投げやりになって、周りの人たちをたくさん傷つけました。

社会に出てからも、パニック発作のせいで仕事が続かず、
「この先、自分に未来なんてあるんだろうか」と思い詰めていた時期もあります。

でも、今は違います。
相変わらず特別なことができるわけじゃないし、誰かに誇れるような実績があるわけでもない。
それでも、今は「生きていることがありがたい」と心から思っています。

毎日は地味で、静かで、平凡です。
でも、そんな毎日の中に、ふと笑える瞬間や、心がほどけるような時間がある。
「生きるって、面白いかもしれない」と、思える日が増えてきたんです。

僕が変われたのは、奇跡でも才能でもありません。
ただ、「自分には何が足りていなくて、何が必要なんだろう」と問いながら、
一歩ずつ、自分の道を探し続けてきただけです。
その中で出会ったのが、仏教や哲学、心理学、脳科学といった、
人間の心を深く見つめてきた、たくさんの“知恵”でした。

このnoteでは、僕自身がどんな道を歩いてきたのか、
そして、今の社会の中で「心を保ちながら生きていくには何が必要なのか」
それを、できるだけやさしく、正直に綴っていこうと思っています。

この場所が、いつか誰かの“心の避難所”のようなものになれたら嬉しい。
苦しみを抱えている誰かが、ふと立ち止まって、
「どうせなら、人生を面白がってみようかな」と思えるように──
そんな願いを込めて、ここに書き始めていきます。

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