読みたいのに、読み終わりたくない本【そして誰もゆとらなくなった】
読みたいのに、読み終わりたくない本がある。
7月に文庫版が出てから即買って、少しずつ読み出した。まるで、熱燗をちびちびとやるように、ちびちびと読み進めている。最近、本を読み終えるのが早いと言われる私なのに、この本だけはちびちびと楽しんでいる。
なぜ、早く読み終えないのか。
それは、この本が面白すぎるからだ。『桐島、部活やめるってよ』や『生殖記』などの人気作を書いた朝井リョウさんのエッセイは、文字通り面白いものばかりだ。どこで読んでいても、大笑いしてしまう。緊張感漂う病院の待合室でも、大人がゆったりとくつろぐスタバの中でも、この本を開いたら最後、笑いを堪えたくても堪えられなくなってしまう。クスクスと笑えるなら微笑ましいものだが、大体笑いを堪えきれなくなって、「ぶわっはっは!」と笑いたくなってしまうのが、この本の魅力であり、困ったところでもある。
だから、読む場所を選ぶ。必然的に家の中で読むことになるのだが、今度は家の中で「ブフッ!」と笑っていると、たいてい家族に「お母さん何がおかしいの?」と質問されて、読書が中断してしまう。
それだけではない。心置きなく笑って読める環境にあっても、あまりに笑いすぎると、ふと我に返ることがある。その時に思わず本を閉じて、残りページの厚みを確認する。すると、こんなに面白いのにもうすぐ読み切ってしまうことに悲しくなる。そこで、「ああ、読み終えたくない」と思って、本を棚に戻す。そんなことを何度も繰り返しているせいで、読み始めて1ヶ月経とうとしているのにいまだに読みきれていない。
どうやらこの本に関しては、「もったいない精神」を発動しているようだ。ちょうどこの本にも「MOTTAINAIの囁き」と言うエッセイがあるが、残念ながら朝井さんのように爆笑できるものではなく、もうちょっとみみっちくて苦笑いされる程度の「もったいない精神」だ。
きっと作家さん側からすると、私の読み方はもったいぶっているというか、「もっとスムーズに読んでくれよ」と思われるだろう。笑ったところでいちいち本を閉じ、残りのページが少ないことを悲しむ。そんなちびちびと読み進めるスタイルは、もしかすると受け入れてもらえないかもしれない。
しかし、どうしても読み終えるのがもったいなくて、読み進めたいけど手を止めてしまうのだ。果たして、こんな調子で読んでいたら、読了がいつになるのだろう。それは私にも予想がつかない。今月いっぱいかかるかもしれないし、ある日急に覚醒して一気に読み進めてしまうかもしれない。
でも間違いなく言い切れることは、『そして誰もゆとらなくなった』は本当に笑える。こう書くと、この作品のハードルが高くなるが、それを超えていくほどの面白さだ。
この本で一番印象に残っているエッセイは、「ホールケーキの乱」。なんと、作者が神様と対話する場面がある。その様子がおかしくておかしくて。一番笑ったのは、クリスマスシーズンにホールケーキを5個も食べたら、すぐ後の人間ドックで「脂質異常症」と診断されたくだり。笑っちゃダメだと思っても、腹を抱えて笑ってしまった。
それからというもの、ケーキ屋のホールケーキを見たら、この話を思い出して1人で「ブフッ」と笑いたくなる衝動に駆られるようになってしまった。しばらくは真面目な顔でホールケーキを見れない。クリスマスシーズンが始まったら、絶対にまた思い出してしまう。ケーキ屋の前でニヤけている中年女性がいたら、たぶん私です。
しかもこの本の中には、文庫版書き下ろしの「ホールケーキの乱、その後」が収められている。続編ができるほどのエピソードだったんだと思うと、これから読むのが楽しみであり、読み終わるのが切なくなる。
一冊の本にこんなに複雑な感情を抱くのは、初めてだ。この感情とどう付き合ったらいいかわからない。おそらくこの本を読み終えてしまったら、同じぐらい面白い本を求めて書店をさまようだろう。
さまよった先に見つけるのは、光か、闇か。
せめて、その頃には、ホールケーキを見ても動じない精神を身につけていたい。
