かわいさの使い道
私にはかわいさのかけらもない。
というより、自分の「かわいい」がわからない。
だから、いざかわいらしくしようとしようものなら、至難の業すぎて困る。だいたい、かわいくしなければならない場面が来ないから、私のわずかばかりのかわいさは劣化の一途を辿るばかりだ。
ところが先日、思いがけずかわいさを発動することになった。
夕飯に何を食べたいか聞かれた時に、どうしてもつけ麺を食べたかった私。しかし普通に「つけ麺食べたい」と言っても、子供のバカでかい声にかき消されて採用されないだろう。
声量で勝負するのは大人気ない。あくまで大人として、要望を通してもらうにはどうしたら良いか。プレゼンしている場合でもない。圧を強めに言ったところで聞いてもらえるとは限らない。
決定権は夫にある。夫の心を動かすにはアレしかない。
私は、私の体内のかわいさのかけらを総動員した。夫は色気よりかわいいに弱い。大声で「すしー!」と叫ぶ子どもたちの中で、一歩抜きん出るにはかわいさで勝負するしかない。
かわいさの使い道って、本当は違うのかもしれない。でも、私の中ではいちばんの使いどころだと判断した。
よし、今だ。
全集中、愛の呼吸。かわいさ!
「つけ麺食べたい」
今の私ができる最大のかわいさを声に乗せた。夫の手を握り、潤んだ瞳で目を見つめる。するとなぜか夫はビクッとした。そのまま私は、もうひと押し。
「つけ麺を食べたいの」
目線は離さないまま、かわいく言った。
「わ、わかった。今日はつけ麺ね」
──やった!完全勝利だ。
子どもたちは自分たちの要望が聞き入れてもらえなかったことにブーブー文句を言っていたが、私の希望ということで最後は納得してくれた。
かくして、念願のつけ麺にありつけた。

自分の中のかわいいを結集させたら、欲しいものを手に入れられた。最高としか言いようがない。
ここまでして食べたつけ麺は、今年いちばんガツンとくる味だった。
