どこまでもやわらかい夫
うちの夫は、ふわふわとした見た目で、例えるとキューピーとくまのプーさんを足したような人だ。見た目も柔らかいが、頭も柔らかい。こう書くとかわいいと思ってくれる人がいるかもしれない。しかし、実際は大人の男性サイズなので、はたして人から見てキュートかどうかは謎のままだ。
そんなキュートな外見に反して、一途に日本酒を愛している。特に、雄町という米を使った日本酒が大好きで、月に1回は行きつけの酒屋で日本酒を調達してくる。好きな銘柄はあるが、いろいろ新しいものを試したいらしく、毎月違う銘柄のお酒を買ってくる。新しいおもちゃを買ってもらった子どものように、そっと大切そうに日本酒をカバンから取り出す夫を見るのは、もはや毎月の恒例行事だ。子どもたちが「またお酒買ってきたの?」とあきれたように言うが、夫の生命線なのだから文句は言うべきじゃない。
一方、日本酒は美味しければ良くて、銘柄なんてすぐに忘れてしまう私。何となくおいしいと思うものがあっても、わが家にやってくる日本酒があまりにも毎月違うので、すぐに忘れてしまう。そんな忘れっぽい私のために、夫がちゃんと覚えていてくれるので、私は安心して忘れられる。
日本酒が好きと言っても、毎日飲んでいるわけではない。毎週金・土・日だけ、心置きなくお酒を楽しんでいる。特に金曜日は、夕方のスーパーの魚売り場で安売りしている刺身を肴に、一杯飲むのがストレス発散になっている。私もその姿を見て、一週間が無事に終わったと胸をなでおろす。
今は私が禁酒中なので、夫は一緒に禁酒したほうがいいか悩んだらしい。でも、禁酒しなければならないのは私だけなので、夫には遠慮せずに飲んでもらっている。私に付き合ってストレスをためる必要はない。一般的にはお酒のない生活のほうが健康的かもしれない。しかし、夫にとっては大好物で趣味でもある日本酒を取り上げてしまったら、逆に不健康になるだろう。週に3日飲むだけなら全然問題ないので、大いに楽しんでもらいたい。
それでもやはり一人で飲むのは寂しいらしい。何より、引け目を感じるという。そこまで思わなくてもいいのに、私に悪いと思ってしまうようだ。
そこで、私は夫が日本酒を飲む日に合わせて、ノンアルコールビールを日替わりで楽しむことにした。ノンアルコールの日本酒も探せばあるけど、残念ながらまだ本格的ではない。サワー類のノンアルコールはたくさんあるけど、私から言わせれば、それらはただのジュースだ。本格的に楽しめるのはビールだと思ったので、ノンアルコールビール探しを全力で楽しむことにしたのだ。
そうしたら夫は、私がお願いしたわけでもないのに、いろんなノンアルコールビールを探してきてくれた。今、世界各地のノンアルコールビールが、わが家の冷蔵庫に集おうとしている。SNSでおいしいと聞いたノンアルビールがあれば、いろんな酒屋やスーパーを回って買い付けてきてくれる。飲み食いに貪欲な私が、飽きずに禁酒生活を続けられるのは、ひとえに夫のおかげだ。
こんなに夫が一つのことに熱中できるのは、研究熱心な性格だからだろう。仕事に対しても、関係する本を見つけると、一生懸命読み込んでいる。専門知識が必要だったら、本を読んで一から勉強するほど熱心だ。公務員だから、異動先が今までとは違う職務内容だということは往々にしてあるのに、それでも弱音を吐かずに知識を吸収している。
思ったことが口に出てしまう私なら、気がゆるんで一言二言三言文句を言ってしまうところだ。でも、まじめに取り組む夫の姿を見ると、私も頑張るかと少しだけ思う。
こんなに真面目な夫との出会いは、まさかの合コンだった。そこで私が、エスカルゴを夫に飛ばして、緑色のエスカルゴバターのシミを服につけてしまうという失敗をやってのけた。怒られると思ったので必死に謝ったおかげか、許してくれた。しかもそれが縁で、会場で話が盛り上がり、お付き合いが始まったのだから、人生というものは本当に謎だらけだ。うまく立ち回るだけが、人生ではないらしい。
そんな夫との結婚式が近づくにつれ、私は見事にマリッジブルーに陥っていた。結婚準備に追われ、大好きなジュビロ磐田の観戦にも行けず、どんよりと気分が沈んでいた。
そんな私を見かねて、夫がぽつりと提案した。
「披露宴でPK戦、やってみる?」
唐突すぎて、最初は冗談かと思った。タキシード姿の夫がゴールを守り、私がジュビロのユニフォームでボールを蹴る。突飛だけど、正直、ちょっとワクワクした。
ただ、問題は式場だった。自由な演出はほぼ通らない、ガチガチにルールが厳しい式場。これまで提案したアイデアもことごとく却下されてきたから、サッカーの出し物なんて絶対無理だと思った。
けれど、あっさり許可が下りた。なんとその年はワールドカップ開催年で、サッカーへの理解がほんの少し、風向きを変えてくれたらしい。ただし条件が2つ。ゴールは自前で用意すること。そして、ユニフォーム着用は禁止なので、ドレス姿のまま“ジュビロらしさ”を出すこと。
そこで夫がひらめいた。
「ジュビロのフラッグを肩にかければ、それっぽくなるかもね」
追加料金も不要で、私のクラブ愛も表現できる、まさにベストなアイデアだった。私の不機嫌を正面から受け止めて、こんな提案までしてくれるとは。内心じんわり、うれしかった。
次なるハードルはゴール探し。通販ではサイズ感が分からず、ふたりで名古屋市内のトイザらスやスポーツショップをハシゴした。式場に前日搬入できる大きさで、誰でも簡単に組み立てられるもの。条件はなかなか厳しかったが、夫は一切音を上げなかった。
ようやく見つけたゴールを、自宅に持ち帰った夫は、そのままリビングで一人組み立てを始めた。私が手伝おうとすると、「一人でできるか試しておきたいんだ」と言って、最後まで自分で確認していた。ほんの小さなことにもきちんと準備するその姿に、私は少しだけ肩の力が抜けた。
あとから聞いた話だが、私が本当に式をキャンセルしそうなほど落ち込んでいたので、「せめて好きなサッカーを取り入れて、笑ってほしかった」のだという。披露宴はゲストのためのものだと思っていたけれど、彼にとっては、私が心から楽しむことのほうが大事だったらしい。それを知って、私が夫に惚れ直したかどうかは、ご想像にお任せしたい。
当日、お色直しを終えてジュビロフラッグを羽織って登場すると、サポーターの友人たちから歓声が上がった。司会者の「PK戦です!」という宣言に、会場がざわめく。シャッター音と笑い声が飛び交う中で、私は思いきりボールを蹴った。夫がゴール前で構えるその姿に、心の中で「ありがとう」とつぶやきながら。
披露宴が「ふたりらしいね」と言われる楽しい時間になったのは、夫の柔らかい発想と、諦めない粘り強さのおかげだった。
深い思考と粘り強い性格。そこが夫のいいところだ。浅い思考と飽きっぽい性格の私とは正反対なのに、なぜか2人は結婚した。この世で出会えたことが、本当に奇跡だと思う。お互いの特性を組み合わせてみると、パズルのピースがぴったりはまるような気がする。非の打ち所がないとまで言ってしまうとウソになってしまうが、夫との結婚を後悔したことは一度もない。
私は一人だと無力でちっぽけな存在だけど、夫と一緒にいれば、たいていのことは何とかなると思える。私のしょうもなくてひとりでは解決できそうにない悩みも、夫の角度で見ると不思議と解決につながっていく。パワハラ先輩からのLINEの返事の仕方から子育ての相談まで、ありとあらゆることが夫の手にかかると、不思議と解決していくのだ。
あまりに不思議なので、何でこんなに魔法の手のように解決できるのかと聞いたことがある。すると夫は、仕事のためだとあまりアイデアが出ないけど私のためなら考えが浮かぶと言ってくれた。とてもありがたいけど、それでは夫のよさが職場の人に伝わらないので、なんとも悔しい気がする。夫の能力は、残念ながら職場では発揮されないらしい。惜しい。
どうやら職場では、硬派の上司を演じているようだ。見た目がゆるキャラなくせに、ピリッとした雰囲気を纏っていると本人は自称する。でもきっと、本来のゆるさが醸し出されて、たぶん本人が言うほど硬派じゃない気がするのは私だけだろうか。
早起きできない私に代わって、夫は朝ごはんの支度をしてくれる。その時に、お昼のお弁当も仕込んでいる。夕飯の残りを入れることもあるが、卵焼きをササっと作るなど、手際が大変よろしい。しかし、お弁当箱は私が過去に使っていたものを、そのまま使ってしまっている。自分用に新たなお弁当箱を用意すればいいのに、私のお弁当箱が気に入っているらしい。どこか女性らしさが漂う、明るいグリーンの弁当箱を、毎日大切そうに抱えて出勤する姿を見ると、職場での硬派なキャラは多分崩壊しているだろうと推測してしまう。
職場では硬派を気取る夫だけど、実際はかわいいものが大好き。私もかわいいものが好きだけど、夫ほどではない。心が温まるようなかわいくて愛おしいものが好きな私に対して、見た目の色合いやデザインがかわいいものが好きな夫。おそらく、かわいいのキャパは、私よりも夫のほうが広いだろう。かわいいものを愛でながらキュートに笑う夫を見ていると、こちらが癒される。硬派なんて演じないほうがいいと思うが、そこでズレたことをあえてやるのが夫の持ち味なので、クレームは入れずに黙っている。
外では硬派を気取る夫だが、私が長男を妊娠していた時は、せっせと私のお腹に向かってずっと話しかける、優しいパパの一面もあった。しかも、人前でも構わず話しかけるので、一緒にいた私が赤面してしまったこともある。こまめにお腹に話しかける夫を見た私の母が、「そこまでやらなくても」と若干引いてしまうほどだった。
夢中になれる物を見つけると、周りを気にせず没頭できるのが夫の強みなのかもしれない。人から何と言われようと、自分が良ければやる。自分の判断に自信があるのだろう。自己肯定感が高いともいえる。だから、たとえ私が恥ずかしがろうと、お腹の赤ちゃんに話しかけたほうがいいと思ったら、とことん話しかける。どこかズレているけど一途。それが夫の魅力だ。でも、気を付けていないとやりすぎてしまうこともあるので、見守りつつ調整は必要かもしれない。
見た目はかわいいのに硬派を気取る、どこかズレた夫。そんな夫のよさをどうにか世の中に広めたい。見た目は中年のゆるキャラかもしれないけど、「いい人」の枠組みを超えたいい人であることを、世間の人に知ってほしい。そう願って、私は今これを書いている。
そんなことはつゆ知らず、今日も夫は私のかわいい弁当箱におかずを詰め、せっせと出勤している。
