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味のない世界を見たことはあるか|創作大賞感想
冬飼 陸さんの小説『無味メシ』を読んだ。私も主人公の馬淵と同じくグルメ大好きなので、肝心な時に味がわからなくなるなんてことがあったら、気が狂いそうだなと思った。馬淵は、味がわからなくても焦りながらも場を取り繕おうとするところが、私とは違って冷静でちゃんとしている。私だったら味がしないなんて大騒ぎである。食事するのに味がないなんて、拷問でしかない。その状況をなんとか切り抜けながらも、肩を落として帰路につく馬淵には、同情してしまった。
無名の俳優で貧乏暮らしをしている馬淵。それでもグルメにはこだわりがある。なのに、プレッシャーがかかったり店員が先輩にキレられているのを見るなど強いストレスを受けてしまうと、味を感じなくなってしまう。確かに、怒られながら食べるご飯は美味しくない。昔、上司にキレられながら昼食を食べたことがあるので、本当に美味しくなかったことだけは覚えている。だから気持ちはわかる気がする。それでも、美味しくないなりに最低限の味はあった気がする。
味がなくなるってどういうことだろう。食感は感じるようだ。作中に鯛の炊き込みご飯の描写が出てきて、鯛の身のことを繊維と表現していた。確かにタンパク質だから筋繊維ってことだろう。味がしない表現が読み手にも伝わってくるので、馬淵のもどかしさが手に取るように理解できた。
個人的には、黒鉄さんのシーンが重々しくて良かった。最初に出てきた時は「何なんだこの人」と思ったけど、最後に馬淵の舞台を見にきてくれるところが「いい人じゃん」と思えた。作中のスパイスみたいな感じだった。
それにしても味がしないなんて、本当に辛いだろう。素材の味すらしないのは、想像に絶する。でも、この物語を読んでみると、味のしない感覚が少しだけわかった気がした。
