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【短編小説】志に灯をともしてくれたのは、「正解は10年後」だった。──新人教師の私が落ち込んだ日

私は落胆した。
自分の不甲斐なさに、胸が締め付けられそうだった。

ここは小学校の職員室。
私は小学校教諭として採用され、4月から赴任したばかり。小学校の頃の担任の先生に憧れ、教師を志した。かわいい子どもたちに囲まれ、楽しくやりがいを持って仕事をする。そんな理想を抱いていた。新人ながら3年3組を受け持ち、夢だった教員生活のスタートを切った。

しかし、現実は違った。新人研修を受けながら担任業をこなすのは、予想をはるかに上回る難しさだった。担任の仕事をこなしながら、少ないとは学校全体の仕事を進め、さらに研修の課題に取り組むのは、目の回るような忙しさだった。さらに、私は受け持つ仕事が多いようで、他の学校に配属された同期に比べて、明らかに業務量が多いらしい。

それでもやりたかった仕事だからと、気を張ってこなしていた。しかし、ゴールデンウィークが終わってからどうにも体が動かない。いうことを聞かない体を引きずりながら、なんとか仕事へ向かう毎日。

慣れない業務内容に、大量の仕事。とうとう私は、保護者対応でミスをした。ケガをした児童の保護者に、連絡を忘れたのだ。気づいたのは、夕方に保護者の連絡を受けたから。そこで私は、初めて保護者に叱責された。

「うちの子のこと、どう思ってるんですか」
「今度同じことがあったら、教育委員会に訴えますよ」

後から学年主任から聞いたところによると、その保護者は職員室でも話題になるほど、対応に気を遣わなければならない人だった。過去には本当に教育委員会にも乗り込み、当時の担任を泣かせたという都市伝説のような噂もあるとか。

確かそんなこと言われた記憶はあるけど、このところの激務ですっかり抜けてしまった。大事なことなのに抜け落ちるなんて、記憶力には自信があったのに。

それだけでない。保護者を怒らせてしまった事実が、私に重くのしかかった。丁寧にお詫びしたつもりだが、許してもらえた手応えはない。

暗い気持ちを抱えながら、残りの業務に取りかかろうとした。しかし、保護者に叱責されたショックが尾を引いて、頭が全然働かない。

すると、同じ3年生を受け持っている先輩の小川先生に声をかけられた。

「中村先生、ちょっと気分転換に行かない?近くの喫茶店で少しだけ、一緒に行こうよ」

「気分転換、ですか?」

「疲れたって顔に書いてあるからさ。行くよ!」

小川先生はそう言うと私を車に乗せて、学区外の喫茶店へ連れて行ってくれた。空はもう夕暮れが終わり、夜の闇がすぐそこまで迫っていた。

席に着くと、お水と共にピーナッツの小袋が渡された。袋を見つめていると、小川先生が言った。

「私、関西から就職したからさ、最初喫茶店でピーナッツ出された時に驚いたんだよね。でも、愛知県では当たり前らしいね」

「そうなんですか!私、日本全国の喫茶店でピーナッツは当たり前に出てくると思ってました」

「最近はすっかり慣れたけど。最初は知らなくて、驚いたのよ」

運ばれてきたコーヒーを飲みながら、ピーナッツを噛み締める。ピーナッツの柔らかい甘みとほろ苦さで、少し気持ちが緩んだ気がした。

「中村先生、最近疲れてるでしょ。ちゃんと休んでる?」

小川先生が聞いた。

「家では休んでいます。でも休日も出てこないと仕事が終わらなくて」

私はこの2ヶ月を振り返りながら答えた。休日はあってないようなもので、午前中だけ出てきて、職員室で仕事をしている時もある。家だと全然やる気が出ないので、出勤した方が効率がいい。ただ、残業時間を増やさないように言われてもいるので、このままではダメだとも自覚している。

すると、小川先生が昔を懐かしむように言った。

「私も昔そうだった。休日にも出てきて仕事してた。でも結婚して子育てするようになってから、そう言うわけにも行かなくなって、仕事のやり方を変えたの」

──仕事のやり方を変える?どういうこと?

私には想像がつかなかった。
今、手いっぱいの仕事のやり方なんて、変えられるんだろうか。余裕がなくて、考えたこともない。

小川先生が続ける。

「机をとことん整理して動線を確保したり、締め切りの3日前に必ず仕上げるって決めて、集中して仕事するの。職員室に人が揃うとつい談笑しちゃうけど、結構時間をロスしてることに気づいて。コミュニケーションには大事だけど、程々にしないとね」

私は思わず聞いてしまった。

「仕事のやり方を変えるって、どうしたらいいんですか?あれもこれもやらなきゃって、全部中途半端になるんです」

すると小川先生が教えてくれた。

「中村先生に合うやり方かわからないけど、基本はまず抱えてる仕事を全部洗い出すのね。次に仕事に優先順位をつけるの。締め切り順でもいい。そして、やってる仕事が終わるまでは他の仕事に手を出さない。そうすると、意外と仕事って片付いていくよ」

「他の仕事に手を出さない、ですか」

私には意外だった。いろんな仕事を同時進行できる人ほど、仕事が早く進んでいると思ったからだ。それに憧れてあれもこれも手を出し、どの仕事も中途半端になっているのが、確かにずっと気になっていた。

「教員ってやることが結構あるの。だから自分に合ったやり方を早く見つけて、仕事をこなしていかないと潰れちゃうよ。今の中村先生のやり方でうまく行ってないんだったら、方法を変えた方がいいかなと思う」

小川先生の言うことは、もっともだ。現に、今の私のやり方ではパンクしそうな気がする。小川先生の方法を試そうかな。

しかし、なぜ小川先生はこんなことをわざわざ教えてくれたのだろう。気になって聞いてみた。すると小川先生は笑いながら答えてくれた。

「それは、新人の時の私みたいになってほしくないからだよ。私、くちゃくちゃ仕事してたからひどくて、主任にいつも怒られてたの。でも教えてくれる人がいなかったから、自分でビジネス本を読んで勉強したの。時間の使い方とか。そういう苦労を、若い子たちがしないで生き生きと働けたらいいなって思ってる。ほら、教員って人手不足だからさ。仲間は多い方がいいでしょ」

小川先生はゆっくりとコーヒーを飲む。

「それとね、これは私が若い時に先輩に言われたんだけど、こっそり教えるね」

すると小川先生は、私を見据えて言った。

「教育の答えは、"正解は10年後"だと思って、長い目で見ることが大事」

私はキョトンとしてしまった。「正解は10年後」ってずいぶん長く感じるけど、どういうことだろう。

小川先生が笑った。

「中村先生、びっくりしすぎ」

「いやいや、だって、10年って長くないですか?」

思わず口から出てしまった。

「私も先輩に同じことを言ったよ」

小川先生は笑いながら答えた。

「先輩が言うには、教育って未来への投資だと言うの。10年後に子どもがどう成長してるかで、答えがわかるって言うのよ。教員だけじゃなくて保護者にも言えるんだけど、言うことをすぐ聞いてくれないからと言って言うのを諦めるんじゃなくて、粘り強く教えていけば10年後にはわかってくれるようになるんだって」

小川先生の熱を帯びた話し方に、私は引き込まれた。

「私も最初聞いた時は、ピンとこなかったけど、この前過去に担任してた子と会う機会があってね。立派に働いていたの。その時に、教育の正解は10年後っていうのを実感できた」

「へえ、長く教員をやってると、そういうこともあるんですね」

「そう。今やっている教育の仕事に、意味を見出せないこともあると思うの。でもそれは未来への投資で、正解は10年後だと思えたら、ちょっと気持ちが変わらない?」

なるほど。今やっている地味な作業の中にも、子どもたちが10年後に生きるタネになるものがあるんだ。教員の仕事って多岐にわたって大変だと思っていたけど、そんな喜びもあるんだ。

小川先生はさらに続ける。

「今の多忙な状態は改善した方がいいと思う。このままじゃ、みんな潰れちゃうから。だから、せめてひとりでも多く仕事の意識を変えれば、環境が良くなるかもしれないじゃない?若い人が頑張れる職場にしたいのよ」

小川先生の話は、袋小路に入りそうな私の状況に灯をともしてくれそうな気がした。わざわざ時間を割いて、私のために話をしてくれたことも嬉しかった。

「私、頑張ってみます」

気づくと私は宣言していた。

「そうか!話してよかった。顔が明るくなったよ」

小川先生がにこやかに私をみている。
やることは盛りだくさんだけど、恩師のような、そして目の前の小川先生のような教師を目指そう。まだ、教師の入り口に立ってるだけだから、これから頑張っていこう。

10年後、今の子どもたちがどんな大人になるのか。
そう思うと、楽しみが見つかったように心がウキウキしてきた。

私はもう一度、ピーナッツを食べた。
さっき食べたときより、優しい味がした。

(3,553字)


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#木曜日は3ースデイ

《今週の三題噺》
1.ピーナッツ
2.都市伝説
3.正解は10年後

お題が難しすぎて、頭を抱えました。
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