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母の命日に

母の命日に、母のことを思い浮かべていた。
お墓参り代わりに。

思い出すものは、いつも同じ。
母は幸せだったか?

そこをどうしても浮かべてしまう。

精神を壊してしまった母の姿は
残像のようにいつまでも映し出される。

母への自責の念は昇華しているけれど、
母の内的な葛藤に想いを馳せると、
母の苦しさを追うことになる。

精神を壊してしまうほど、
抱えた強い葛藤を想像する。

壊れていく様も壊れてしまった様も
時間経過は記憶されている。


おかしなことを言い始めて、
母も最近どうも自分がおかしいと言っていて、
まだ自覚がある頃は可愛いものだった。

辻褄の合わないおかしなことを
指摘されれば、
おかしいな、そっか、と流せた。

それが、どんどん自我が強く動き出し、
そんなことない!
私は正しい!
まわりがおかしい!
そう、強い口調になって、
絶対に曲げなくなっていった。

すると、おかしな解釈はもっと突き進み、
まわりに理解がない!
まわりにはわからない!
まわりは分からない、自分だけわかる。

自分は特別。
自分は選ばれた人。
自分には人にない特別な力がある!

そうやって、自分は優れた能力がある者
という固定された観念がつくられた。

そこから、被害妄想も強くなって、
まわりからいじめられている。
まわりが妬んでいる。
自分に特別な力があるから、
まわりが妬んで、私に嫌なことをする。

と言うようになった。

全部を否定すると攻撃を向けられるので、
一旦、全部を受け止めて、
「じゃあ、心配だし、その場所も見たいから、
今度一緒にそこに行くね」

本当は宗教の場なんて、絶対に行きたくないが、
母を気遣い、母のその状況の事実確認をしに、
付き添ったことがある。

その場では、
母は借りてきた猫のように、静かで大人しく、
まわりの人が声をかけてくれて優しかった。

母の言う、特別で選ばれた者だ、
なんてことはなく、いじめなどの空気もない。
その場はとても平穏で、母が親和的でなかった。

母は身を隠すようにして、一言も話さず、
周りと関わろうともしない。顔にも出さず、
あの話はないもののようにして、
しれっとそこにいた。

やれやれ……
随分と都合のいいことだよ…
わかっていたけど。

普段なら、人といることが好きで
集団ではマスコットのように
周りから可愛がられている母。

皆が話していることが分からないと言って、
私がわからないから、皆、私を馬鹿にするのよと
可愛く拗ねてることが常。

母にしては、珍しい光景だった。

「まわりの人、気遣ってくれていて、
みんな優しかったね」
「本当にいじめられてる?」

(母)ぅ……(口籠る)

「いじめられてなさそうだから、大丈夫だよ」

(母)…… (スルー)
言葉を耳に入れないようにしていた。

都合よくする母の姿を思い出し、
こんなこともあったなと、懐かしんだ。


どのくらい前のことだったかな?

まだ、この時は、ただ被害妄想が強く、
歪んだおかしな解釈で、
ちょっと思い込みが強くなったな、
と、そのくらいに思っていた。

2012年、父の訃報の知らせから、
母は急におかしくなった。

父の蒸発は私が21歳の頃。
いなくなった時には、
藁をも掴む想いで母は宗教に縋っていった。

10年以上音信不通。
知らせなど来るはずもなくて、
届いたことは奇跡に近い。

知らせがない、どこにいるかも分からない、
分からないのは辛いけれど、
想像は自由にできた。

少ない希望を描いていたのか、
いつか帰ってくる、迎えに来ると、
心の奥で信じたかったのだろう。

どこかで想っていたかったんだろうなと、
そう思う。

希望が絶たれ、
未来への恐怖を感じたに違いない。

一人で現実を生きることを突きつけられた、
そんな強さなど母は持ち合わせてなどいない。

母は一睡も眠れなくなって、
寝てしまうと死ぬという妄想に囚われた。

瞬く間に、被害妄想は度を超え、
目つきも人格も変わって、何かが憑依した様相。

典型的な症状の、
狙われている、
盗聴されている、
殺される、
と半狂乱で警察沙汰にもなった。

急性期の入院時は、身体拘束された。
入院中の、Dr.の説明には、
母は自殺しててもおかしくない状態でしたよ。
自殺に向かわずにいてよかったですと言われた。

急性期の姿は、狂気。
幻聴は現実で、妄想が全てで、
妄想が現実化、真実化となっているため、
母の内的世界だけが母の中で展開された。

横暴な要件を出来ないと伝えないといけない
危険なものを正さなければならないが、すると
「お前に悪霊がついている」
「出ていけ出ていけ」
と、勢いよく突っかかり攻撃され、
妄想の通りに行動できないと、狂気に
襲い掛かってきたりした。

話が通じ合うなど皆無で、頭の中は妄想だらけ、
妄想の内的な母の世界だけで生きていた。

まわりで動いている、本来ある世界は、
母はどう見ていたのだろう、
見えてなどいなかった様にしか思えない。

薬で抑えれば、副作用も顕著に現れる。
妄想は消えるわけではない。

最期の最期まで、妄想はつきまとった。
母の想いが強くあったものなのだろう。

お金が入ってくる
お米をもらえる
父が迎えにくる
私が迎えにくる

経済的な不安
食べるものへの不安
支えてくれる人のいない不安

母の未来は一人きりで
母の生活への不安が垣間見れた。

母は自立の力は弱く、それを知りつつ、
母と自分を区別し理解していくこと、
私自身が自責を拭い、
自分を取り戻していくことは、
容易ではなかった。

精神を壊してしまった母は、
幸せを感じくれていただろうか……

幸せな時間も瞬間も
たくさんあったことを
思い出せていただろうか……

そんなことを思ってしまうのだ。
何年経っても。


母の命日。

母のことを思い出す時、
嬉しかったことや楽しかったことを
思い出したいが、

辛かったことや苦しかったことも
同じように思い出される。

あの時、母は何を感じていただろう……

そう、母の感じていた想いを想像して、
寄り添いたいと思うからだ。

そして、終末期に話せなくなった母と
手を重ねたあの瞬間
心通い合った母の想いにも

想いを寄せている……



・・お読みいただきありがとうございます・・


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