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真面目と適当

真面目と適当のバランスが
私には難しい

適当さも、真面目さも
大切なんだけど


適当さの態度によって
度合いによって
なんだかイラっとすることもあるし

その人の都合に合わせて
場の都合に合わせて
そんな感じに感じて

適当って都合がいい

向き合わない
取り合わない

誠実さに欠けるような
マイナスな印象の方を
感じてしまう

だから自分が適当にすることに
罪悪感を感じることがある


そうはいっても
場や人に合わせ適当にすることは
もちろんある

何も考えずに気楽に
適当にすることだってある

自分もそうしている一人

なのだけれど

適当にされることもすることも
嫌な気持ちになる時もある

不思議だよね

そして
それも都合のいい話だ


適当にすれば
適当だと言われ

(自分勝手だ)

適当にしなければ
適当にしたらいいと言われる

(真面目だ)

度合いの問題だろうけど

度合いは人によって違うから

その人に合わせた言葉か
(その人の視点に立った言葉)

自分に合わせた言葉か
(自分の視点に立った言葉)

そこなのだろうな

心に寄り添え合えているかって


適当にされて
寄り添えてもらえなかった記憶が
そこへ良い印象を作りにくい

大きく影響を与えていると感じている
過去にある厄介な記憶


それあってか、

真面目だと
そう言われることが多くある

向き合いすぎて
真剣に考えすぎて
取り合いすぎて

さらっとするものも
ささくれに引っかかる

適当さを持ちたいけれど
自動的に働いてしまうものがある

適当への痛みと罪悪感を感じると
上手く働くものも上手く働かない


何も考えなくていい

そう言われることもあるが

何も考えないことが難しい


考えることばかりしてきているから
考えてもらえなくて
痛みを感じてきたから

自分で何とかするしかなくて
考えていくしか方法がなくて
幼少期に育ったものが後にまで消えない
思春期に感じたものも尾を引いている

考えてばかりは心も疲れるけれど
考えなければ、
痛みを感じるばかりだったから

考えないでいて
何かが変わってくれていたなら
こんな風にはなっていない

なるようになるというけれど
それは環境あってのこと

そうでなかったから、こうなっている


心が疲れることが人より多くある
それは仕方のないことと思う
それが自分だから

だけど

考えないでいられる
適当でいられる
「いい、加減」でいる努力はしている


真面目とあまり思ったことはないけど
恐らく
真面目に生きてきたということだろう

お陰様で
根気も根性も勤勉さも身についた
厄介な自分も自認している


適当を自然に持てる人を
羨望しながら

未だ「いい、加減」を見つけている


2025年2月9日




・・お読みいただきありがとうございます・・


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