【短編小説】音のない世界へ
都会の喧騒が嫌で、僕はイヤホンを耳につけ、ノイズキャンセリング機能を常に利用していた。大量に行き交う人々の声や足音は、僕の神経を刺激した。酔っ払いの大きな声や、都会に産まれ落ちてしまった学生たちの騒ぎ声、地下鉄の走る音、店の自動ドアの奥から聞こえてくる感じのいい嘘の声。僕は、全てが嫌になり、空白に逃げた。音がきこえないのは幸せだった。毎日ノイズキャンセリング機能を使い、ついには部屋の中や寝る時でもイヤホンをつけるようになっていた。
ある日、僕は出勤のために駅のホームに立っていた。毎朝人で溢れかえっている駅は、僕の苦手な場所だった。そのため、その日もノイズキャンセリング機能を使い、耳に好きなラジオを直接流し入れていた。駅のホームの、電車に乗る一番最初の人間として並んでいた時、突然背中を押された感覚がした。僕の住むところの近くの駅は、都会では最近当たり前になっていた、人が落ちるのを防ぐバリアのような機械はなかった。
僕は、その力に負け、線路の上へと落ちていった。後ろを振り向くと、そこにいたのは過去に別れた僕の元カノだった。きっと最近、ずっとストーカーされていたのだろう。ノイズキャンセリング機能のせいで気づけなかった。駅のホームの上では、慌てふためく人々の姿が見えた。手を差しのべようとして止められる人や、すぐに非常停止ボタンへと向かっている人、スマホを構えている人が見えた。しかし、それが無駄なのは、僕が一番わかっていた。すでに電車がホームに着くまで数秒ほどのところで僕は落ちてしまったのだ。どうやっても助からない。
ノイズキャンセリング機能は、今も継続していた。ホームの上で焦る人々の姿は、形式として見えるだけだ。声は一切聞こえない。僕はニヤリとした。ついにこの喧騒から解放される。都会の音を、もう聞かずにすむ。僕の微笑に気づいた一人の女性が、顔をしかめているのがわかった。
ぐしゃり
僕の耳に、大きな音が鳴り響いた。電車に巻き込まれ、イヤホンが壊れてしまったため、ノイズキャンセリングが機能しなくなったのだ。駅のホームの上では、悲鳴と恐怖の声が入り混じっている。僕は、やっぱりイヤホンをしてないとうるさいな、と思った。
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