源氏物語(三十五帖)|紫式部|※ネタバレ注意※
三十五帖:若菜(下)
三十五の一:世代交代と新たな時代の到来
冷泉帝が即位から十八年を経て、突然の譲位を行った。帝はかねてより後継者がいないことを寂しく思い、私人としての生活に憧れを抱いていた。東宮が成長し、新帝として即位したことで、世代交代が進んだ。太政大臣は関白職を辞し、左大将が右大臣となって関白の職務を引き継いだ。
六条院の血筋である新帝の第一皇子が東宮となり、六条院一族の繁栄が続いていた。しかし、六条院は冷泉院に後嗣がないことを密かに遺憾に思っていた。新しい后の選定をめぐっては、王氏の続く即位に対する不満の声もあったが、冷泉院の中宮は六条院の支持によって自身の地位が守られたことを思い出し、改めて院への感謝の念を深めていた。
冷泉院は譲位後、気楽な身となって自由に行動できるようになり、あちこちへの行幸を楽しんでいた。一方、法皇となった朱雀院は仏道に専念し、政治には一切干渉しなかった。
```mermaid
graph LR
A[光源氏] -->|夫| B[紫の上]
A -->|夫| C[女三の宮]
A -->|夫| D[明石の君]
A -->|夫| L[花散里]
E[朱雀院] -->|父| C
A -->|義理の兄| E
F[東宮] -->|夫| G[東宮の女御]
A -->|義理の父| F
D -->|実母| G
B -->|養母| G
J[夕霧] -->|息子| A
K[衛門督] -->|恋慕・密通| C
M[式部卿宮] -->|父| C
N[二条の尚侍] -->|元恋人| A
O[柏木] -->|息子| K
P[太政大臣] -->|父| K
Q[女二の宮] -->|妻| K
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```三十五の二:住吉神社への参詣
六条院は、かつての須磨・明石時代に神に誓った願を果たすため、住吉神社への参詣を行うことにした。女御も同行し、神への約束を確認すると、その内容は現在の地位でなければ果たせないほど大規模なものであった。
参詣の一行は豪華絢爛を極め、公卿や高官たちが供奉し、舞人や奏楽者も厳選された。六条院の車には紫の上と女御が同乗し、明石の君とその母も控えめに同行した。十月二十日、紅葉する松原の美しい風景の中、神楽や舞が奉納され、夜通し歌舞音曲が続いた。
東遊びの音楽が波の音に調和し、高官たちの華やかな装いが紅葉のように映える中、参詣者たちはそれぞれに感慨深い思いを抱きながら和歌を詠んだ。六条院は過去の苦難を思い出し、明石の尼は運命の恵みを実感した。紫の上にとっては初めての京外の旅であり、すべてが新鮮に映った。
三十五の三:新たな家族関係の形成
帰京後、六条院の一族はますます繁栄を続けた。紫の上は女一の宮を、花散里は左大将の子を養育するなど、それぞれが孫の世話に没頭していた。六条院は子どもの数は多くなかったものの、孫たちの繁栄に満足していた。
右大臣(かつての源氏)は相変わらず院を尊敬し、玉鬘も中年の夫人となって六条院と親しく往来するようになった。玉鬘は紫の上とも親しく話をするようになり、両家の関係は深まっていった。
一方で、女三の宮は依然として少女のような雰囲気を保ち、院は彼女を幼い娘のように思い、教育に力を注いでいた。女三の宮は朱雀院の取り計らいにより二品に叙され、多くの封戸を得て、ますます華やかな身分となった。
紫の上は、女三の宮の地位が年々上がっていくのを見て、自身の将来を案じていた。院の寵愛は変わらないものの、いずれは衰えるだろうと考え、出家の願望を持っていた。しかし、院はそれを許さず、紫の上の心配をよそに、女三の宮との時間を平等に過ごすようになっていた。紫の上は表面上は冷静を装いつつも、内心では寂しさを感じていた。
三十五の四:音楽会の準備と開催
朱雀院の法皇の五十歳を祝う賀が近づいていた。六条院では、この機会に女三の宮から若菜の賀を奉らせようと計画を立てた。院は音楽好きであったため、優れた舞人や楽人を選定しようとした。右大臣家の下の二人の子、大将の子を典侍腹のも加えて三人、そのほかの御孫も七歳以上の皆殿上勤めをさせた。兵部卿の宮のまだ元服前の王子、そのほかの親王がたの子息、御親戚の子供たちも多く選ばれた。
殿上人たちの舞い手も容貌がよくて芸のすぐれたのを選りととのえて多くの曲の用意ができた。非常な晴れな場合と思ってその人たちは稽古を励むために師匠になる専門家たちは、舞のほうのも楽のほうのも繁忙をきわめていた。
院は女三の宮に熱心に琴の稽古を施した。変わったものを二、三曲、また大曲の長いのが四季の気候によって変わる音、寒い時と空気の暖かい時によっての弾き方を変えねばならぬことなどの特別な奥義を教えた。初めは頼りなげであった宮も、次第に上達していった。昼は人の出入りの物音の多さに妨げられたため、夜になってから静かに教えることにした。
音楽会当日、院は左大将を呼び寄せ、女性たちの演奏を聴かせることにした。明石夫人は琵琶、紫の女王は和琴、女御は箏の十三絃を担当した。院は宮の姿を眺め、その貴族らしい美しさに目を留めた。小柄な宮の姿は、衣服だけが美しく重なっているように見えた。はなやかな顔立ちではないが、貴族らしい美しさが備わり、二月二十日ごろの柳の枝がわずかな芽の緑を見せているようであった。
演奏が始まると、琵琶は神々しい音色を奏で、和琴は柔らかく愛らしい音を響かせた。十三絃の琴は繊細な音色で他の楽器と調和した。大将は特に和琴の演奏に驚き、その技術の高さに感銘を受けた。なつかしい、柔らかな、愛嬌のある爪音で、逆にかく時の音が珍しくはなやかで、大家のもったいらしくして弾くのに少しも劣らない派手な音は、和琴にもこうした弾き方があるかと大将の心は驚かされた。
院は自らの弟子たちの上達ぶりに満足の意を示した。深く精進を積んだ跡がよく現われたことによって院は安心をあそばされて夫人をうれしくお思いになった。大将も女性たちの演奏に感銘を受け、特に紫の上の和琴の音色に心を奪われた。
三十五の五:衛門督の思いと行動
衛門督は女三の宮への思いを断ち切れずにいた。小侍従を通じて宮の様子を探ろうとしたが、うまくいかなかった。衛門督は小侍従に自らの煩悶を訴え、宮に近づく機会を求めた。命にもかかわるほどの恋をしていると訴え、小侍従の協力を懇願した。
衛門督は、法皇さえも宮が一人で寝る夜が多いことを聞き、後悔の念を抱いているという噂を聞いていた。これを聞いた衛門督は、さらに煩悶を深めていった。
ついに、賀茂の斎院の御禊の前日、衛門督は小侍従の助けを借りて宮の寝所に忍び込んだ。この日は、明日の儀式の準備で多くの女房たちが忙しく、宮のそばにいる者が少なかった。
宮が眠っている隙を見計らい、衛門督は自らの思いを打ち明けた。昔からの恋心や、院に阻まれた経緯を語った。宮は驚き、恐れおののいた。衛門督の言葉に返答することもできず、ただ震えるばかりであった。
衛門督は宮の様子に心を動かされつつも、自制心を失い、強引に自らの思いを遂げてしまった。宮は気味悪くお思いになって、女房をお呼びになったが、お居間にはだれもいなかったから声を聞きつける者もいなかった。
事後、衛門督は自らの行動に後悔と恥じらいを覚えた。夢のような出来事に、現実感を失いながらも、宮への思いはさらに募るばかりであった。衛門督は宮を盗み出して、世間を捨ててでも一緒になりたいという思いすら抱くようになった。
しかし、宮はあさましい過失をして罪に堕ちたことで悲しみにおぼれていた。もう六条院にはお目にかかれないことをしてしまった自分であるとお思いになり、非常に悲しく心細くなった。
三十五の六:紫の上の病と院の苦悩
紫の上が重病に陥り、院は心を痛めていた。二条院に移った紫の上の看病に専念し、法皇の賀の準備も中断された。院は必死に祈祷を行い、様々な加持祈祷も試みたが、紫の上の容体は一向に良くならなかった。
夫人はどこが特に悪いともなく非常に苦しがり、胸の痛みに堪えがたそうな様子を見せた。いろいろな養生もまじないもするが効き目は見えず、院は悲しみを深めていった。重い病気をしていても時さえたてばなおる見込みのあるのは頼もしいが、この病人は心細くばかり見えるのを院は悲しがっておいでになった。
ある日、紫の上が危篤状態に陥った。院はいっさいの世界が暗くなったようなお気持ちで二条の院に戻った。車の速度さえもどかしく思いながら急いだが、二条の院に近い大路はもう立ち騒ぐ人で満たされていた。邸内からは泣き声が多く聞こえ、大きな不祥事のあることは覆いがたく見えた。
院は夢中で家に入り、夫人の危篤を知らせる報告を受けた。院はたとえようもない悲しみを覚え、これは物怪の仕業ではないかと考えた。院は再び幾つもの大願を立て、すぐれた修験の僧を集めて祈祷を行わせた。
院は互いにただ一目だけ見合わす瞬間が与えられたいと願い、最後の時に見合わせることのできなかった残念さ悲しさから長く救われたいと歎いた。その様子を見ては、院が紫の上のあとに生き残ることは難しいだろうと周囲の者たちは思った。
三十五の七:院の葛藤と紫の上の回復
院の夫人への大きな愛が仏を動かしたのか、これまで現れなかった物怪が、小さい子供に憑いて現れた。物怪は院に語りかけ、紫の上の命が一時的に延びる結果となった。院はその子供の手を捉えて前に座らせ、あさましい姿を人目から隠そうと努めた。
物怪の正体が院の昔の恋人であることが判明し、院は複雑な思いに苛まれた。物怪は院への恨みや中宮への思いを語り、院は戸惑いを覚えた。院は物怪を封じ込めようとしつつ、その罪を救うために様々な供養を行った。
院は物怪の罪を救うために、日ごとに法華経一巻ずつを供養させた。そのほか何かと宗教的な営みを多く行い、病床のかたわらで不断の読経もさせた。声のいい僧を選んでそれにあてた。
紫の上は一時的に回復し、出家の希望を口にした。しかし、院はそれを許さなかった。院は紫の上なしの人生を想像することができず、その願いを退けた。院は紫の上への愛情をさらに深め、長く生きていられない気がすると訴える夫人を慰めた。
夏になり、紫の上の容体は少しずつ回復の兆しを見せ始めた。六月には時折起き上がることもできるようになった。院は喜びつつも、なお不安を拭いきれず、六条院への帰還を躊躇っていた。
珍しくうれしくお思いになりながら、なお院は御不安で六条院へかりそめに行って御覧になることもなかった。院は終日病床に付き添い、看護を続けた。少しずつではあるが、紫の上の回復が進むにつれ、院の心にもわずかな希望の光が差し始めた。
三十五の八:女三の宮の妊娠と院の心痛
姫宮は例の事件以来、心を悩ませ続けるうちに体調を崩していった。病気のように見えるが、さほど重症ではない。六月になると食欲が減退し、顔色も悪くなり、やつれが目立つようになった。衛門督は思いあまる時に密かに訪れていた。宮の心には今も愛情が生じているわけではなく、罪を恐れるばかりであった。風采も地位も院に匹敵する価値のない人であることは明らかで、少女時代から光源氏を良人に与えられていた宮にとって、比較して見れば、それほど価値ある相手ではないと感じていた。
気のついた乳母たちは、院の訪問が稀であることを恨みに思っていた。院は宮が寝ているのを知って訪ねようとした。夫人は暑い時分を清らかに過ごしたいと思い、髪を洗ってやや爽快な様子であった。そのまままた横になっていたので、まだ乾かない髪は少しのもつれもなく清らかにゆらゆらと、病む麗人に添っていた。青みを帯びた白い顔は美しく透き通るような肌つきで、虫の抜け殻のようにたよりなかった。
三十五の九:院と夫人の対話
院は夫人との対話を通じて、宮の妊娠を知る。院は驚きを隠せなかったが、心の中では長くそばにいる人たちの中にもそうしたことはないのだから、不祥事が起きているのではないかという疑いを抱く。しかし、それを詳しく聞こうとはせず、ただ悪阻に悩む宮の若く可憐な姿に愛を覚える。
院はやっと思い立って来たのだから、すぐに帰ることもできず、数日滞在する間も、二条院の女王の容態が気がかりで、そちらへ頻繁に手紙を書き送っていた。宮の過失を知らない人たちは、院の態度を不思議に思い、院の感情の変化を推測していた。
秘密に携わっている小侍従は、院の滞在中を無事に過ごせるかと胸を躍らせていた。院が六条院に来ていることを聞いた衛門督は、嫉妬心を抑えきれず、自己の恋の激しさを改めて手紙に認めることにした。
三十五の十:衛門督の手紙と宮の苦悩
小侍従は衛門督の手紙を宮に見せたが、宮は気分が悪くなったと言って横になった。小侍従は手紙の内容の深刻さを感じ取り、他の女房たちが近づいてきたのを察して、几帳を宮のそばへ引き寄せて去った。
宮の胸が高鳴っている所へ院が帰ってきたため、宮は手紙をよく隠す間もなく、敷き物の下に挟んでおいた。院は二条院へ今夜になれば行こうと思い、そのことを宮に告げる。宮の健康状態と二条院の女王の容態を比較しながら、院は自身の行動を説明した。
宮は院の言葉に対して幼い様子で応じ、院はそれを可愛く思いながらも、心苦しさを感じる。院は宮の妊娠の兆候を知り、不祥事の疑いを強めるが、それを詳しく聞こうとはせず、ただ悪阻に悩む宮の姿に愛を覚える。
三十五の十一:院の発見と衛門督の苦悩
院は偶然、宮の部屋で衛門督の手紙を発見する。昨日のうたた寝に扇を置いた場所を見ると、敷き物の端が少し縒れたようになっている下から、薄緑の薄様の紙に書いた手紙の巻いたのが覗いていた。院が読んでみると、それは紛れもない衛門督の手跡であった。
手紙の内容から、二人の関係を悟った院は深い衝撃を受ける。院は宮を今後どう扱うべきか悩み、妊娠も不純な恋の結果だったことを知り、情けなく思う。自分の妻が他の男と関係を持ったことに対する怒りと悲しみが入り混じり、院は複雑な心境に陥る。
一方、衛門督は手紙が院の手に渡ったことを知り、深い恥辱と後悔に苛まれる。彼は病気を理由に外出を控え、心身ともに苦しむ。長年院に仕え、愛顧を受けてきたことを思うと、今後院の前に顔を向けることができないのではないかと苦悩していた。
三十五の十二:法皇の賀宴と衛門督の病
法皇の賀宴の準備が進む中、衛門督は院からの招きにも応じられず、父の勧めでようやく試楽に参加する。院の前で平静を装うのに苦心しながら、衛門督は舞い手と楽人の衣装などについて意見を述べる。試楽では、貴族の子息たちによる万歳楽が舞われ、その幼い姿が可愛らしく映った。
しかし、衛門督は院の前で罪の自覚に苦しみ、早々に退出する。その後、衛門督は重病に陥り、父の家に移される。宮は後に残され、衛門督を思い焦がれる。衛門督は宮に別れを告げ、母への孝心を理由に父の家へ移っていった。
大臣家では病人の看護に奔走し、世間も衛門督の病状を心配する。宮中や法皇の御所からも頻繁に見舞いの使いが来て、衛門督の病状を案じていた。法皇の賀は二十五日に決まり、院は姫宮の心情を哀れに思いながらも、予定通り執り行われることとなった。五十か寺での誦経が最初にあって、法皇の来臨する寺では大日如来の祈りが捧げられた。
