アメリカ実験映画の地平へ行ったら、帰って来れなくなりそうだった
銀座・京橋にある国立映画アーカイブにて、2月8日まで開催されていた
「アンソロジー・フィルムアーカイブス アメリカ実験映画の地平へ」を見てきた。
先日「オリビアと雲」を鑑賞して以来、尖った映像表現にひたって打ちのめされたいという思いが強くなってしまった。その思いでアメリカ実験映画を見たらパコーン、と打ち返されてしまったので、ここに記しておきます。
初めに、「国立映画アーカイブ」とはなんぞや
国立映画アーカイブ、略称NFAJは、1952年に国立近代美術館(現東京国立近代美術館:MOMAT)のフィルム・ライブラリーとして設立。
2018年にMOMATから独立して、国立映画アーカイブという新組織が誕生。
8万本以上の映画を収集・保存・研究・公開する、日本で唯一の国立の映画機関。銀座・京橋駅近くのビルに入っており、館内の2つのスクリーンでは、国内外の作品を問わず特集上映や企画展を開催している。
古い作品のフィルムを保存、修復してからデジタル化して保存するアーカイブ機能を果たしており、相模原にある別館にて映画保存事業を実施している。
こんな場所があったんだ、というのを知ったのはつい昨年のこと。配信もなく、販売メディアもない作品を見るせっかくの機会なので、定期的にホームページをチェックしている。
今回鑑賞した「アメリカ実験映画」
実験映画とは?
この企画展の核となるのが
アンソロジー・フィルムアーカイブスというアメリカの機関で、第二次世界大戦後の16mmカメラやスーパー8等の普及に伴う、個人・小規模なインディペンデント作品に重点をおいて保存、研究を行っている。
この組織とは対照的に、当時すでに膨大なコレクションを築いていたMoMA映画部門では、映画企業から資金援助を受けながら伝統的なハリウッド映画の収集を推進していた。
その潮流に対抗するように、“周縁の豊さこそ文化を活気づける”という信念の元、映像表現の可能性を模索する作品群に重点をおいた研究・保存を1970年から続けている。
55年に及ぶ保存と普及活動の中から、作品をピックアップし日本で上映するというのが今回の企画展であった。
今回3週間近くのプログラムで鑑賞したのは2つ。
①「アヴァンギャルド広告」シリーズより
②マリー・メンケン/マージョリーケラー作品集
①「アヴァンギャルド広告」シリーズ
それぞれスポンサーが付いた広告作品が中心ということもあり、ある程度親しみやすいものであった。1922年に作成されたニベアのアニメCMや、ドイツ映画の展示会をPRするコラージュ映像など。撮影・現像してから加工を重ねて研ぎ澄まされた視覚表現はどう作られたのか、現在のデジタル加工しかしたことのない自分には見当もつかなかった。
抽象アニメーションの始祖とも言われるレン・ライ(1901-1980)の作品を劇場で見られてよかった。直接フィルムに色を塗る手法や、人形アニメーション、造形芸術も手がけ”動き”の表現を追及した芸術家の作品。
今から50年以上前には、物理のフィルムを切ってはつなぎ、光に当ててみるまでどんな像の変化が現れるかわからないもので、完成した作品は、現代のPCモニターよりも、スクリーンに照射してみるのが作家の意図している表現に近いということになりそう。
スクリーンに照射され、その反射した光がどう目に映るのか、その「実験」を経て生み出された作品であるということは、映画館で見てみるとよくわかった。
どんな作品か気になる方はニュージーランドの非営利団体「NZ on screen」のサイトで一部の作品が公開されているので見てみてください。(以下リンクです)
https://www.nzonscreen.com/title/swinging-the-lambeth-walk-1939
②マリー・メンケン/マージョリーケラー作品集
こちらの回は実験映画の「実験」として存在している理由がわかった、というか序盤からフルスピードで振り落とされた。
マリー・メンケン「Moonplay」(1964)
夜、スマホで花火や月を撮ろうとすると起きることだが、残像や手ブレが増幅されて肉眼で見ているものと全く違うものが映る。
フィルムカメラを動かしながら月を撮影し、月の輪郭がぼやけたり点滅する像の揺らぎを音楽と融合させた作品。

うーん。どういうことか伝えられていない気がする。
説明が難しい。
そして夜の街のイルミネーションを写した作品「Lights」(1964)。カメラの動かし方によってアニメーションのように見えたり模様のように見えたりする。カメラワークと光源と暗闇のコントラストによる残像を駆使した表現。
この7分の作品の鑑賞中に私は完全に寝落ちしてしまった。
暗い映画館で、光を活用した無声映画を見ていたらものすごい睡眠導入効果がきた。映画館の入りは5分の1くらいは入っていたと思うが、あちこちからガーガーいびきが聞こえてくる。みんな寝起きを繰り返している。
私が入眠してまもなく目を覚ますと、スクリーンにはアンディ・ウォーホルが映っていた。次の作品が始まってしまった。
短編作品をまとめて2時間くらい上映していたのだが、作品間のインターバルが1分くらいの完全無音の真っ暗闇だ。このインターバルを含めて、なんかすごく試されているような気がしてきた。
上映されている作品もさることながら、アメリカ実験映画を何十人かで、300席くらいある映画館で鑑賞しているこの環境自体が異様なことに気になってきた。
わからない、わからない映像が次々流れてくる。
そして合間には真っ暗な無音の空間に閉じ込められる。
これはあれだ、サウナに近い。
シネフィルたちが己の限界を試されている。熱波に晒され、もう限界だと思いながらも周囲の様子を伺ってしまう、あのサウナの我慢比べに近い。
1時間半くらいたち、もうこの映画館ごと異空間に飛ばされてしまったのではないか、という気分になってきた。「世にも奇妙な物語」にありそうな、初めての鑑賞体験だ。自分が存在しているのかさえ不安になってくる。
上映が終了し、館内が明るくなった瞬間にほんとうに安心した。
帰って来れた。
異空間にはまり込んでしまったかと思った。
館外に出る。
おお、風が冷たい。セブンイレブンの光が眩しい。
日も傾いた銀座で、行き交う車のヘッドライトがいつもより輝いて見える。
これはさっき見てた映画の続きか?
おお、実験対象は私たちだったのか。
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