休日と充実
今年は4連休となったGW、皆さんはいかがお過ごしであっただろうか。
私がまともな生活を送ったと言えるのは4日中2日で、残り2日はただ寝て意味もなく文庫本を読み漁って終わってしまった。試験の影はじわじわと忍び寄りつつあるのに、何という体たらくだろうか。
満を持してやってきたはずの4日間を有効に活用できず、休日が2日伸びただけの生活になってしまった。せっかくなら旅行にでも行った方がよほど生産的だったと思う。どこも混んでるだろうが。そうすれば旅行記のネタが増えたなぁ。
自分が自堕落な生活を送っていることに気づき、ふと周りがどんな様子なのか気になりInstagramを漁ってみると、高校の知り合いの多くが帰省して地元のイベントに参加していたようだ。
あとは大学の知り合いも含めて美味しそうな店に行ったり、部活の合宿に行ったり、彼氏彼女とイチャイチャしたりか。海外旅行に行ってた人も1人見たが、もう色々な国に既に行ってる人なのであまり驚かない。
まあ、思い思いの休日を過ごしていたようだ。
肝心のフリーな4日間をあまり有益に使えなかったことは悔やまれるが、とはいえここ最近は満足にnoteを執筆できない程度には予定が詰まりまくっていた。その分疲労や気疲れもあっただろう。これはこれでありな休日だろうか。
一応休日とは「休む日」なのだから、平日こそ充実させることに心血を注ぐべきだろう。ところが、現代人は悲しいことに人生の大半を労働や学問に喰われている。学生の最大の幸福は1日の大半を喰うものが勉強であることだろうか。金こそ入らないが、その分学びは増える。
そういえば高校の時、休日と平日の倒錯を題材にした評論文を読んだ気がする。詳しい内容は覚えていないが、多分私がこのGW中に感じたことをより論理的にくどくどと述べていたのではないか。
今の私の人生は、充実しているのだろうか。
試験に追われているが、果たして試験がなければ授業を聞いているだろうか。貴重な時間(学生の90分はデカい)と親が平日の充実を犠牲に手に入れた資金を費やして、それに見合ったものを得られているだろうか。
仮に大学の講義のみではそのコストに見合った何かが得られなくとも、付加的に得られる人脈や活動、機会などからそれを補おうという意志はあるのだろうか。
怠惰癖が染み付いた1年の頃はあまりなかった気がする。2年になって平日全てにパンパンに予定が詰まってきて、強制的に体力はかき集められているかもしれない。
忙しい時には余裕がなくなる。GWには一見華々しい充実はなくても、大量の余裕と疲労回復の機会ならあったはずだ。こうして余裕があって初めて見えてくるものもある。
過ぎ去ったGWは1年後まで戻ってこないが、未だ来てないGWまでの1年を少しでも充実させることなら出来るだろう。
まだまだ浪費されたGWを有意義なものにできるチャンスはあるのだ。そう思うと、悪くない休日だったかもしれない。
